夢現な眠り

□14話
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No side










夜風が涼しく当たるベランダは、禍々しいほどに光る月明かりで照らされている。

黒髪の少女は天にある月を見上げており、物思いに耽っていた。

そして、奥から何も知らない顔をしたユイが歩いてこちらへと向かってくる。いざお互いがすれ違うというときに、少女は重々しく口を開いた。

「──久しぶりだな、コーデリアよ」

ユイの姿を借りたコーデリアは、ふと後ろから本来の名前を呼ばれた反射で振り向くが、ベランダに寄り添う少女しか見当たらない。

「……?」
「まあ、驚くのも無理ない」

最初はこの少女が誰か分からなかったコーデリアも、ある考えに辿り着いたのか、信じられないとばかりに目を大きく見開く。

「あ、貴女は死んだはずじゃ──」
「……この世界に強い繋がりでも持っているのであろうか」

少女は生きてるのを確認するかのように、手を開いたり閉じたりを繰り返す。そして口調とは正反対な幼い顔立ちをした少女は、コーデリアの瞳を見つめた。

「思いがけない縁で再びこの地を踏めるなんてな。神は面白いことをするものだ」

有無を言わさない圧倒的な威圧と共に、「お主はどう思う、コーデリアよ」と少女は微笑む。
その迫力に押され、コーデリアは一歩後退した。


「……ヴェネツィア、お元気そうでなりよりです」

それでもコーデリアは、わざとらしくも含みのある言い方で、くらりとヴェネツィアと呼ばれる少女の威圧を躱した。


「ふん、思ってもないことを並べおって。……しかし妾がいない間に、こんなにも時が経っていたのだな。成長というものは喜ばしいことでもあるが、同時に悲しさも感じるときがある」

目の前に広がる庭園を眺め、ヴェネツィアはそう呟いた。その真意が汲み取れず、コーデリアは不可解そうに眉を顰めた。

そういえばこの女はいちいち遠回しな言い方をして、人の神経を逆撫でするイヤな奴だった。城にいた頃、ずっと抱いてたその思いがふつふつとコーデリアに蘇ってくる。

「何が言いたいのかしら」

表面上の敬語が呆気なく取れ、随分と不躾な言い方になってしまった。だが彼女はそれを咎めないことを昔から知っている。

「……おや、コーデリアよ。長年の眠りで思考能力が鈍ったのではないか? 心臓だけではなく、ついでに脳みそも持ち去っていれば幾らかマシになっていただろうに」

それを聞いた途端、コーデリアから発せられる怒り以上のオーラを肌で感じた。人間の姿を借りようと失われない迫力に、さすが魔王の娘といったところだろう。

だがそれを前にしても決して揺らぐことなく、ヴェネツィアは更に追い打ちを掛けた。むしろ挑発を楽しんでいるような目をしている。

「罪のない幼き少女の体を支配しているその姿、実に滑稽よのう。何故それほど生に縋りつく? お主は妾を笑い殺す気か」

嘲笑気味に放った言葉は、怒りに震えるコーデリアの体を容赦なく射抜く。

「あら、それは貴女だって同じじゃないかしら。姿を借りるもの同士、仲良くしましょうよ?」

コーデリアがお返しとばかりに放った言葉を聞くと、水色の瞳に一瞬だけキラリと紫色の光が過ぎった。
城にいた頃のことを彷彿させるやり取りは、終わりが見えない。





「──ところでリヒターよ。盗み聞きなんぞしなくともよいぞ。こちらに参れ」

目線を動かさずにヴェネツィアが言い放った次の瞬間、コーデリアを背に庇うよう現れた男が、ヴェネツィアの手をそっと取る。

そして社交辞令のように手の甲に口付けを落とした。

「久しぶりだな、ヴェネ」
「……久しい再会を味わいたいところではあるが、今の妾には時間がない」

頭を垂れるリヒターを一瞥し、ヴェネツィアは溜息を吐く。

顔に垂れて鬱陶しい前髪をさっと掻き上げた。それに伴って艶やかな黒髪が風に靡き、ヴェネツィアは添えられたリヒターの手を振り払う。

冷めた目つきはそのままに「所用があるので失礼する」と言い残して、ヴェネツィアはベランダを静かに出ていった。
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