櫻園
□雪櫻
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櫻が嫌いだった。
地に向かい華を咲かせるその姿が嫌いだ。
高みから眼を逸らし、頭を垂れる。
春の刹那に咲き、風に揺られ簡単に散り逝く姿が無様で惨めに思えた。
同じ華なら陽を求め懸命に上を見上げる向日葵や華の盛に落ちる椿の方が潔くて美しいと思えた。
四大貴族の一つである朽木家は古来より櫻を愛でてきた。本宅とすべての別邸、所有地には必ず櫻が植えてあり、様々な櫻が咲き乱れる。
一般に解放されているところもあり、朽木家の事を櫻邸と呼ぶ者もいる。
数ある櫻の中で最も美しいと賞賛されるのがこの別邸に植えられた純白の櫻だ。
遥か昔の朽木家当主に美しい愛妾がいた。
当主は愛妾にこの別邸を送り、愛妾が好んだ純白の櫻を植えさせた。毎日逢瀬を重ねていたが当主は務めを怠るようになり、愛妾との色欲に溺れていった。家を顧みることのない当主に代わり妻はよく支えたが次第に心身を病み、床に臥せるようになると程なく亡くなったが当主は葬儀すらおざなりに行い、愛妾との道楽に耽り続けた。
堪り兼ねた息子は親族達を味方につけ、父を当主から引きずり落ろし座敷牢へ幽閉させ、愛妾はこの櫻の枝に首を吊らせというのが言い伝えられている逸話だ。
この櫻は白い花びらが舞い散る様から淡雪という名前なのだがその逸話のせいか、いつからか首吊り櫻と揶揄されるようになった。遅咲きの白い櫻は他の櫻が散り、葉櫻が満開になる頃に漸く綻びはじめる。それが更に話題を呼び、愛妾の怨念だと口さがない連中は言う。
「白哉様。ご当主様がお呼びです」
この別邸は数ある邸の中でも特に美しく、芸術性が高いことからいわくつきに関わらず今日のように茶会や詩会を開くことが多い。
「……今行く」
裾を春風が攫う。等間隔に並べられた白い敷石を渡り、縁側に上り家令の後につき父の待つ部屋へ向かう。襖の前で正座をし中に声をかける。
「父上。白哉、参りました」
「入れ」
襖を開け深く一礼し父の前まで進み居住まいを正す。
「今度、お前に新しい師をつける」
前置きもなく告げられた。異論どころか意見すら認めないその頑なで閉鎖的な態度と言葉に嫌悪しながら無表情に答える。
「はい」
踏ん反り返り、威厳を出しているつもりかもしれないがそんなものは微塵も感じられない。
「お前には朽木家を背負う者として最高の教養を身につけさせるべくその道の最も優れた者達を師につけていたが随分と年嵩の者ばかりであった。当主となれば同年代の者達を上手く纏めることも必要になってくる。分かるな」
「はい」
この当主が権力を振るい、脅迫紛いのやり方で無理矢理従わせているところ以外見たことがないがそれが上手く纏めるという事ならば丁重に願い下げる。
「新しい師は私の古い友の息子だ。下級貴族だが聡明で人格者と評判高い若者だ。よく学ぶといい」
「はい、父上」
「本来なら本宅まで足を運ぶべきなのだが、向こうの都合でこの別邸で学ぶことになるが問題はあるまい」
腕を組み、眉を顰め不快感をあらわにする。階級や身分でころころと態度を変えるなど、どこまで矮小なのかと頭が痛くなる。
「はい、ありません」