散花

□猫と馬と………
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ミャア〜 ミャア〜






微かに耳に届いた弱々しい鳴き声に俺は思わず足を止めた。








右林軍大将軍 白 雷炎 は今日も部下達を訓練し(しごき)終え、邸へ戻ろうと愛馬の待つ厩舎へ一人歩いていた。

本来、高官など位が高いものは移動するのに警備がしやすいこともあって軒を使うのが普通だが雷炎は好んで騎馬を使っている。

狭い軒にたらたらと揺られているのは性に合わず、何より、好きな馬で風を切って走るのが堪らなく好きだった。

厩舎の扉を潜ると干し草の匂いが広がる。薄暗い中を愛馬の待つ所まで歩いていると前脚を掻く音や鼻息、小さな嘶きに交じって聞こえてきた聞き慣れな音に足を止めて軽く辺りを見回す。

ミャア〜 ミャア〜

空耳じゃなかったその音にさて、どうしたものかと首を捻る。聞こえてくる鳴き声の感じから言ってまず厩舎内に迷い込んでいる事には間違いない。しかも、弱々しさから子猫だろうと分かる。
面倒だし放っておいてもいいが驚いた馬が暴れて怪我をしてしまうのは困る。
溜息を吐きながら渋々猫探しをすることを決めると燭台に火を燈し、聞こえる鳴き声を頼りに厩舎の隅や馬の足元を覗いて回った。
そんなことをしていると愛馬の前まで来てしまった。雷炎は不思議そうに自分を見つめる、彩雲国一の名馬と名高い自慢の美しい愛馬、白兎馬(ハクトバ)の鼻を優しくかいた。

「なぁ、白兎。ここに猫が迷い込んだみたいなんだ。お前見なかったか?」

すると白兎は首を上下に振りそっと前脚を掻き出した。
雷炎は柵をくぐり白兎の足元を覗き込み明かりで照らすと純白の後ろ脚に寄り添うように真っ白な子猫がいた。
自分が握った雪玉より小さな猫に雷炎は見つけたのはいいが何処に捨てて来ようかと悩んだ。近くに捨てればまた迷い込むかもしれないが、だからといって遠くまでいくのは面倒だ。
う〜んと悩んでいると背中を白兎が押した。

「なんだよ。なんか言いたい事があるのか?」

物言いたげに首を振り、前脚を優しく掻き雷炎をじっとみつめた。

「………………もしかして、俺に連れて帰れって言うのか?」

嫌な予感がしながら聞けば小さく嘶いた。思わず勘弁してくれと天を仰いだ。

「冗談だろ!駄目だ!無理だ!そこいらに捨ててくるから待ってろ!」

そう言って猫を掴もうと手を伸ばせば突然大きく嘶き前脚を踏み鳴らし雷炎を柵から追い出した。
愛馬のあまりの剣幕に雷炎は苛立った。

「あのな、連れて帰ってどうすんだよ!お前が面倒見んのか!だいたいこんなちっこいのすぐ死んじまうよ!」

弱いものは昔から嫌いだ。すぐに傷つくし、先に死ぬから嫌いだ。虎の子ならまだしも、こんな雪玉よりちっこくって、綿毛みたいにふわふわしてるいかにも弱いですと言っているようなものなんて論外だ。
しかし、白兎馬は聞く耳持たずと言う代わりに尻を向け尻尾を振る。
雷炎はどうしたものかと肩を落とした。



「……………………分かったよ。連れて帰ればいいんだろ?分かったから機嫌直せよ」



白兎馬は疑いの眼差しで雷炎を暫く見つめ、嘘ではないと分かったのか鼻先を突き出し押し付けてきた。その可愛い仕種に自分の完敗を確信した雷炎はそっと子猫を抱き上げるとその軽さに辟易しながら潰さないように懐にしまい込み、白兎馬の気が変わる前に急いで鞍をつけてようやく厩舎から出られた。




訓練所以外は基本朝廷中は騎馬は禁止なので城門まで手綱を引かなければならない。ぱかぱかと上機嫌に蹄が石畳を蹴る音が響く。正反対に雷炎は懐に感じる温もりに頭を抱えたくなっていた。猫を差し出したときの家人の反応を想像してげんなりと落ち込んだ。





 
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