09/08の日記
17:27
TOA 魔弾+涙
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※ヴァン←リグ要素多
魔界という存在があることは前々から知っていた。
そして魔界に存在する"ユリアシティ"という街の存在も、神託の盾に入っている者なら一度は必ず耳にするものだろう。
しかしその"ユリアシティ"に自分の主人である青年の妹が居るということは、残念ながら初耳だったのだ。
特殊な仕掛けの扉を潜って部屋の中に入り、探し人がここには居ないと確認したヴァンは慌てる様子もなく、慣れた手つきで部屋の奥にひっそりと存在していた白い扉に手をかける。
すると開いた扉の先には……美しい白銀の花畑が存在していた。
そしてそんな白の中に一つだけ溶け込めていない、茶色の小さな頭。
「…ティア、またここにいたのか」
今まで聞いたことがないくらい穏やかな声でヴァンはその頭の持ち主の名を呼んだ。
その声にびくりと警戒したように花畑の中の肩が揺れ、小さな頭がおそるおそるこちらを振り返る。が、その声の正体が大好きな兄だと分かった途端、強張っていた幼い顔が嬉しそうに破顔する。
「おにいちゃん!」
「おお…見ないうちにまた大きくなったな、メシュティアリカ」
無邪気に飛び付いてきた妹を抱き上げ、優しく微笑む現在のヴァンの姿は神託の盾にいる時では絶対に目にすることができないくらい、珍しいもので。
この人でもこんな人間らしい一面を持っていたのだな、と思わず感心してしまう。
「…おにいちゃん、この人だれ?」
「ああ…彼女は私に代わって時々お前の遊び相手になってくれる人だよ」
「おにいちゃん、お仕事いそがしいの?」
「…ああ。だからきっと、今以上にここへは来れなくなる……すまない」
「無茶、しないでね?」
「お前に言われずとも休む時には休む。……本当に…すまないな、ティア」
少女の細い身体を強く、しかし優しく抱きしめながらもヴァンは悲しげに目を伏せた。
恐らくは本当に、心から申し訳ないと思っているのだろう。
それは彼の腕の中にいる少女も十分理解しているようで、この年頃の子供にしては珍しいことだがどうやら駄々をこねる様子もない。
…聡い少女だな。
元来子供嫌いであるリグレットだが、頭のいい子供は別段、嫌いではない。
「…貴方はティア、だったかしら?」
「はい」
「私は貴方の兄上の副官で、リグレットという者よ」
「リグレット、おねえちゃん?」
「ああ、それで構わない」
「おねえちゃんが、おにいちゃんの代わりに私と遊んでくれるの?」
「そういうことに…なるのかしら、ただ遊ぶといっても私には話し相手になることくらいしかできないけれど」
「……外のお話、いっぱいしてくれる?」
「?…ええ、別に構わないわよ?」
「本当!?約束だよ、おねえちゃん!」
きらきらと青色の瞳を輝かせ、約束を取り付けてきた幼子の年相応の様子にリグレットは思わず微笑を浮かべ、しっかりと頷いてみせた。
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「…少々やんちゃなところもあるが、基本メシュティアリカは人懐っこい子だから扱いには困らないだろう」
「ええ、本当に可愛らしい女の子でした。あれは閣下の教育の賜物でしょう」
「いや…寧ろ私はあの子に謝らないといけないやもしれん」
「え…」
「表には出さないがきっと色々と諦めさせてきたから、あんなにも物分かりがいいのだろう。私は本当に…不甲斐無いな」
「閣下…」
「……リグレット、妹を頼んだぞ」
そう言ったヴァンの表情は既に優しい兄のものではなく、復讐者としてのものへと変わっていた。
ああ、なんと残酷な人なのだろう。
この人はきっと、己の計画の為ならあの愛しい少女を殺すことだって厭わない。
不意にリグレットの脳裏に死んだ弟の笑顔が思い浮かんだ。
ヴァンのせいで、もとい預言という存在のせいで死んでしまった愛しいあの子。
姉さん、と声変わりした低い声で私を呼んでくれていたのがまるで昨日のことのように思われる。
…私は、あんな風にはなれない。
復讐のために大切な肉親をも切り捨てるだなんて、そんなこと、少しでも情がある人間には出来るはずがないだろう。
でも、この人は決して情がないわけではない。
それは最近彼自身が連れて来たオリジナルルークに対する扱い方を見ていれば分かる。
オリジナルルークの超振動だけを求めているのなら、別に人間として扱わなくてもいいだろうに。牢から出さずに監禁し、ディスト辺りに薬を作らせて人形にしてしまえばいい。
なのにヴァンはそうしなかった。
あくまでルークを人間として育てることを選んだのだ。
『成長すればアッシュも理解するだろう、この世界の愚かさを』
本当に、そうなのでしょうか。
確かにアッシュは預言のことを憎み、消滅を願っているようだけれど、その為にこの世界全ての人類を消さねばならないと知ったら、きっと…
あの優し過ぎる子供のことだ。ヴァンを裏切ってまで、この世界を守ろうとするに違いない。
ヴァンだってそのことに気付いているはず、なのに。
+++
話していて分かったが、この幼い少女は驚くほど外殻大地に関して疎かった。
だからリグレットは昔両親が買ってくれた絵本等を少女に与えてやった。
それらはリグレットだけでなく、今は亡き弟にもゆかりのある代物だった為、以前は宝物のように大切にクローゼットの奥深くへ仕舞ってあった物だが、不思議とこの少女に与えることに嫌悪感を抱くことはなかった。
「外殻は、空も海も、綺麗な青色なんだね」
自然や動物等、本当に多種多様な物が写っている写真集を一頁ずつゆっくりとめくりながらティアは言った。
心なしか声がいつもより弾んでいるように聞こえる。
「それに、人間以外の生き物もいっぱいいるんだね。魔界には人間しかいないから、羨ましいなあ」
しかし、独り言のようにそう言ったティアの表情は、ほんの少しだけ寂しげに見えた。
魔界には太陽の光なんてものは存在しないため、育つ植物も限られてくる。その上ユリアシティの外には障気に満ちた泥の海しかない為、人が飼育する以外に人間以外の生物が生息できるはずもない。
そして外殻から送られてくる食糧だけで生活しているユリアシティでは、無駄な金銭を使わせないために動物を飼うことを禁じていた。
つまりは、外殻では家畜やペットとして一般市民によく飼育されているブウサギ等の動植物を、生まれてから一度も魔界を出たことのないティアは見たことがないのだ。
……唯一、この魔界でも育つことのできるセレニアの花を除いて。
「ねえティア、貴女が…将来、」
「ヴァン総長をお守りできるくらい強くなったら、私が外殻へ連れて行ってあげる」
それを聞いたティアの瞳が見開かれる。
「ほ、本当に…?」
「ええ、本当よ」
「じゃあ私、神託の盾騎士団に入って…おにいちゃんとずっと一緒にいていいの?」
「貴女がたくさん功績を出して、それに相応しい地位を手にすることができたらね」
「……でも前に神託の盾騎士団に入りたいって言ったら、おにいちゃんに駄目って言われたよ?」
「それは貴女がまだ弱いから」
「私……強くなれるかな?」
「そんな他人行儀では駄目。貴女は自分自身の力で以て、強くなるのよ。来たるべき時が来れば…私もその手伝いをするわ」
リグレットは力強くそう言って、一回り小さなティアのてのひらを自らのそれで優しく包み込んだ。
……強くなりなさい、ティア。
どんなに悲しくて苦しいことがあっても真っ直ぐに生きていけるような、ヴァンのように強かな人間へと成長しなさい。
そんな、弟の時には祈ってやれなかった分の想いも篭めて、その手をぎゅっと握った。
弟の仇の男の妹に死んだ弟の面影をずっと重ねていただなんて、私はなんて都合のいい女なのだろう。
+++
いつから私は彼を愛していた?
始めは憎くて憎くて堪らなかったのに、一体いつから?
「ああ…」
そうだ。
きっと、初めてティアと出会った頃からだ。
この人にも人としての情があるのだと気付きはじめた、あの頃から。
「リグレット、教官…」
――…リグレットおねえちゃん!
「強く…なったわね、ティア」
私が願った通り、強い心を持った女性に成長してくれた。
ああ、ごめんなさい、ヴァン。
私は今、安堵してしまっている。この、目の前の命が生きていることに歓喜している。
殺さなくて、よかった。
私が死んで、この子が生きる運命で、本当によかった。
「……っ!リグレット教官!!」
破れた肺から込み上げてきた赤い液体を唇からごぽりとこぼせば、悲鳴のような叫び声を上げてティアが私の頭を掻き抱いた。
咄嗟に投げ捨てたのであろう、血に染まった彼女の杖の転がる音がどこか遠くで聞こえた。
他にも何かティアが言っていたが、私の耳にはもう何も聞こえなかった。
ただ、最期まで憎むべき彼を想っている自分がどこかにいて、なんてこの世界は滑稽なのだろうと嘲笑した。口へと直接流れ込んでくる血の量は、相変わらず減る気配がない。
嗚呼、彼の願い通り、世界なんて滅んでしまえばいいのに。
けれどそれでティアが死ぬのは悲しいな、と矛盾したことを考えながら、身に纏った白い装束を赤く染めた女は深い深い眠りについた。
( 憎むべき狼に恋をした一羽の鳥 )
ああ、狼なんて愛さなければ墜落することはなかったのに
end
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