08/31の日記

16:41
TOA 導師×導師守護役
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初めて会った時、あの人は翡翠みたいに綺麗な瞳をふにゃりと細め、それはそれは柔らかく笑ったのだった。

綺麗な人だと思った。それは彼の整った顔立ちだけを指しているというわけでなく、あの人の心の内だとか佇まいだとか、そんなところもあの人はただひたすらに美しかった。
どんな人の死に対しても素直に悲しみ、悼むことのできるあの人は正しく"導師"の鏡であったことだろう。
だけど最近、一つだけ気付いたことがある。
確かにあの人は人の死に対し本気で悲しんでいるけれど、同時に怯えてもいるということに。
彼は少々、死というものに敏感すぎるのだ。人が少しの怪我を負ったくらいで倒れてしまうのではないかと思うくらいあの人は顔色が悪くなる。
酷い時には血を見て卒倒したこともあった。

そう、正しく今みたいに。


「イ…イオン様!?」



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熱い、熱いと、訴えるような声が聞こえる。
ずきんずきんと頭が痛み、それらの声になりきれない声が脳内に直接響いた。

ああ、これは"彼等"の声だ。
"イオン"として選ばれることのなかった彼等の、六人のレプリカイオン達の無惨な断末魔。
頭がくらくらとして、悲しくなった。
こんなにもあっさりと僕等の存在は消えてしまう。
恐らく僕も、利用するだけされて、最終的には彼等と同じように棄てられてしまうのだ。
そう考えれば不思議と胸の内が空虚に感じられた。普通ならば悲しいとか、苦しいだとか、そういった風に感じるのかもしれないけれど…何故だかそれらの感情は二の次になってしまっていた。
悲しい、苦しいというよりも、それはきっとからっぽなのだろうと思った。


「あっ!イオン様、大丈夫ですか?どこか御身体で痛いところはありませんか?」
「……ああ…僕はまた、倒れてしまったんですね。すみません、アニス。また貴女に迷惑をかけてしまって、」
「えー?お気になさらないでくださいよぉ。私は導師守護役なんですから、イオン様をお守りするのも仕事のうちです」

ちゃーんと働かないと、お給料貰えなくてうちの家計が火の海になっちゃいますもん!と元気よく言ったアニスは、続けてお顔がまだ真っ青ですねえと苦笑した。
彼女は一見、ただの元気いっぱいな少女だと皆によく思われがちだが、実際はその溌剌とした態度の中にさりげなく人を気遣うこともできる心優しい少女だ、と彼女に普段から守護される立場にあるイオンはそう思っていた。


「……アニス、ありがとう」
「…突然、どうしたんですか?」
「僕の導師守護役が貴女で本当によかったと、そう思ったので」

にこにこと嬉しそうに笑いながらそう言ったイオンを見、アニスは思わずよくなんかない、と反論しそうになる。
しかし即座に両親の温かな笑顔が脳裏に思い浮かんだため、喉元まで出かかったその言葉が音となることはなかった。
優し過ぎる彼等は私が命に代えても守らなくてはならない大切な存在だ。そしてこの人も、私が心から護りたいと願った愛しい存在である。
しかし最終的に守りきることができるのはどちらか一つだけ。
…そして私は、パパとママを守るためにこの愛しい人を、死なせようとしている。

イオン様、ごめんなさい、ごめん、なさい。


「わ…私も、」


こんな裏切り者にも笑顔をくれてありがとうございます。
こんな汚い私がそばにいて、ごめんなさい。


「私も、イオン様をお守りできて…嬉しい、です」


涙を流す代わりに、私は笑った。
こういう風に笑顔を作るようになってから随分経つので、昔よりはうまく笑えているだろう。

イオン様は私の言葉に応えるかのように柔らかな微笑を浮かべてみせた。それを見ると胸の奥に太い針が突き刺さるような痛みが走る。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

頭の中ではその言葉がまるで馬鹿の一つ覚えみたいに反芻されている。
先程からずくずくと痛み続ける胸をイオンから不自然に思われない程度に軽く押さえながら、アニスはちらりとイオンの様子を窺った。
木漏れ日みたいに温かな微笑みを浮かべているその顔色はまだ青かったが、先程よりはよほど血色が良いように感じた。


「アニス」

大好きなイオンの声が耳を打つ。
その、あまりにも優しい声色に思わずアニスは泣き出しそうになった。
自分に泣く資格がないことなんて、とっくの昔に理解していたのだけれど。



+++



生まれてすぐ、『導師イオン』の座に据えられた七番目のレプリカイオンは、自分に与えられた導師守護役の少女をまるで当然のことのように愛した。
どんな時でも少女だけはずっと彼のそばにいたから。
ずっとそばにいて、寂しい時は手を握ってくれたから。

そして、彼が生まれてから半年が経とうとしていた時だった。
七番目のレプリカイオンはとあることに気が付いてしまった。
その少女――…アニスの笑顔が時折不自然であると。
イオンはそれを不思議に思った。
彼女は決して己を嫌っていないという確信があったからこそ、とても不思議だった。
だって彼女は決まって、イオンにありがとうと礼を言われる時に一瞬、苦しげな顔を浮かべるのだから。
そして偶然、その原因が何なのかをイオンは知った。


アニスの両親は二人揃ってとても心の優しい人達であった。
しかしそれは言い換えてしまうとこれ以上ないほどの利用しやすい人種であるということでもあり。
そしてアニスが物心ついた時にはもう、どうしようもないくらい大量の借金を背負わされていた。
そんな時、まるで救世主の如く現れたのがローレライ教団では導師イオンに次ぐ権力を持った大詠師モースであった。
けれどその救世主は、彼等を救う代わりに幼い少女へと一つの命令を下した。


『よいか、アニス。これからも引き続き導師イオンを監視し、逐一細かに報告するのだぞ』
『……はい、モース様』
『第七譜石が見つかり次第、導師には最後の惑星預言を詠んでいただくのだからな』
『………』

その会話を聞いてしまったのは、本当に偶然のことだった。
確かこれは珍しく夜中に手洗いに行って、その帰りにモースの部屋から聞こえてきたのだったか。
そんな偶然がいくつも重なって、イオンはアニスの苦しげな表情の理由を知った。
アニスはずっと、イオンを裏切っていたのだ。
自らの両親を救うために、イオンを売っていた。


「……ああ、アニス」

だけど、どうしたことだろう。
イオンは全く悲しくなかった。彼女を責めようだなんて、微塵も思わなかった。
責めるどころか、寧ろ……


「貴女が僕の導師守護役で、本当によかった…」


思わず涙がこぼれてしまいそうなくらい、嬉しかったのだ。



+++



六人のレプリカイオン達は皆、利用価値がないから殺されてしまった。
だからきっと僕も、利用されるだけされて、彼等と同じように処分されるのだろうと思っていた。
自分が生きたという証を、何も残せずに、消えてしまうのだろうと、思っていた、のに。


アニス


僕の一番、大切な人。
そして僕を、この世界から消滅させる人の、名前。


「……貴女のために死ねるのなら、」

これ以上ないほどの幸福だと思った。
例え僕の生きた証が残らなくても、貴女がこの世界で生きてさえ居てくれれば、僕は、もう。

何も怖くなんてない。



( すれ違いのラプソディ )




end


イオンはアニスのために死のうと大分前から決めていたのだと思います。
そしてそれがイオンにとって一種の救いになっていたのではないのかと。
そして逆に罪悪感に囚われ続けるアニス。
13歳の少女が背負っていくには重すぎるものですよね…
アビスは本当に奥が深いなあ

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