Silver Soul+
□名も無い花
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夕焼けがそろそろ沈む。
仕事もあらかた終え、道場で少しばかり鍛練をした後、俺は着流し姿で屯所の外へ出て、夕焼けを見ながらある場所へと向かっていた。
「…着いたか」
着いた先は墓地。
様々な武家の代々の墓が並ぶ中を俺は進んでいく。
ふう、と息をついてから、俺はある墓の前ではたりと立ち止まった。
「悪ィ、二ヶ月ぶりだな」
小さく呟く声が夕日に吸い込まれる。
誰にも聞かれる事はない、否、
こいつにだけならば、聞こえて欲しいが。
「ほら」
と言って俺は、左手に持っていたせんべいを墓に供える。
生前のこいつの、大好物。
「泣けるくれェ辛いんだ、食い過ぎんなよ」
ついでに、来る途中に摘んできた、名も分からない白い花も一緒に供えてやった。
「…綺麗なモンだろ?名前もわからねぇような花だけど、我慢してくれや」
見下ろす墓石に何を言った所で、それが意味を成さないのなど、無論承知だ。
こいつはここにもう居ない。
魂は在るかも知れないなどと言う、非現実的で、夢見心地な考えが、結局気休めにしかならない事だって充分過ぎる程に分かってしまった。
「……」
目をつむれば優しく微笑む顔が一つ。
『十四郎さん』
あの声が、好きだった。
『傍に居たいの』
その言葉が、嬉しかった。
だけど
それでもそれを受け入れられなかったのは。
「…俺じゃ、ダメだろ」
誰よりも好きだった。
誰よりも愛しかった。
誰よりも傍に居たかった。
だから誰よりも幸せになって欲しかった。
それを願うことしか出来ねェ俺には、傍に居る事さえ叶うはずは無いのだが。
俺にくれた言葉を、あの時もしも、同じように返していたなら。
「……幸せになれたか?」
そんな思考に
意味は無いのに。
応えてくれる声すらもう無いのに。
早く云えば良かった。
今更過ぎるのに、
でもまだ
こんなに、好きなんだ。