日和

□小ネタログ
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道中、とある山寺に寄ったことがある。夏も盛りの頃。その日は朝から曇り。昼頃から明るくなってきたが、石段を行くうちににわか雨となる。さりとて雨宿りする場所もないので、驟雨は欅の下でやり過ごし、あとは小雨のなかを歩き出した。

「やれやれだね、曽良君」
師匠である松尾芭蕉が、雨をたっぷりと吸いこんだ傘を頭からはずし、ごめんください、と木戸に向かって声を張り上げた。そこの寺の和尚とは先日、手紙のやりとりで訪問することに決まっていたのだ。もう一度「ごめん」と芭蕉さんが声を上げると小間使いの少年が現れた。名を告げると急いで中に引っ込んでゆく。すぐと和尚が出てきた。
 我々の姿をみると和尚はいたく気の毒がって、湯浴みをするといいといった。ちょうど暮れ方で、すでに湯は張られていたらしい。挨拶もそこそこに案内される。和尚に続いてまえをゆく師匠の背中が心なしか浮足立ってみえた。
 湯のなかは外からくる木の匂いが漂っていた。熱い風呂に浸かるとさすがに緊張が解けてくる。芭蕉さんはとみると、この人は意外と几帳面で、まだ身体と頭を洗っていた。
「そんなにこすったら肌が傷みますよ」
僕がそんなことをいうと、身体をこするのが好きなのだと返された。
「寒風摩擦も兼ねているからね」
冗談とも本気ともつきかねることをいいながら彼は笑う。それからいよいよ身体を洗い流して中にはいってきた。入る時、うう、とかああ、とかうなって、そして彼は人心地ついたようにゆったりと腕を伸ばす。
「いい気持ちだね、曽良君」
はい、と返すと師匠は上機嫌で風呂場を眺めまわした。
「趣があるねぇ」
「そうですね」
それから二人黙っていると、急に芭蕉さんが口をゆがめて笑いだす。どうしたのですか、と聞くと、
「いやあ、さっきさ、ここの人が私たちを親子のようだといったじゃない。ああ、そうだよなと思ってさ。親子ほども離れてるんだよね。私、ちょっと気が若くなっていたんだなあ。曽良君ともっと近いような気持ちでいたんだよ」
そういって彼は笑った。
「私は君にとってどうだい?父親みたいな存在かい?」
芭蕉さんが聞いてくる。不意に宵を告げる鐘が鳴った。
「ずうずうしいオヤジですね」
僕は彼の肩に手をかけると、その唇に吸いつき、下唇をすこうし噛んだ。
「いまさら父親気取りですか」


あなたにとっては白紙に戻せるものなのでしょうか。

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というわけで細道でした。…細道書くの楽しかった…。意外に細道って書きやすい(自分的にすごい意外っス)
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