日和

□僕と上司と結婚指輪2
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こんにちは、小野妹子です。蘇我運輸の経理課に勤めだして半年とちょっとが経ちました。まだまだ駆け出しの新米です。ところでいまはトイレです。のっけからごめんなさい、休憩時間にトイレに来てます。男は立ってできるから楽ですよね。でも、ある意味プライベートってないですよね。まあ、幼稚園の頃からこの環境にいるから苦じゃないけど、最近トイレで面倒臭いハプニングが起きるのが困りものです。


(あー、あと五時間か)
僕はこれから残っている作業を思い返してぼんやりとため息をつく。これで仕事が終わったら7時。まあ、残業がなかったらって話だけど。それで家に帰ってシャワー浴びて夕食をなんかしらこしらえて、なんとはなしにテレビをつけちゃうでしょ?それでニュースかバラエティーをだらだらみたらもう10時。明日の用意をして、仕事中に注意されたことを思い返したりメモを見たり、スケジュールチェックしたり、財布の中身を計算したりで11時。さあ、せっかくだから読みたかった本の続きを読むぞと気合を入れてもいつのまにか手から本が滑り落ちる始末。朝、時計が鳴る。半開きになったままの本を閉じ、朝の支度にとりかかる。まあ、こんなもんかな、とも思うし、反面、僕はなんのために生きてるんだろうと思う時もある。
と、不意に誰もいなかった平和なトイレを乱す闖入者が現れた。
「うわーん、もれるもれるっ!」
バタバタと駆け込んできた僕の上司こと橘太子に僕が「げっ」と声だすと向こうは「あっ妹子!」といっていそいそ隣にまでやってきた。おい、もれるんじゃなかったのか!?
ふっふーん、と鼻歌まじりに用を足しだす。逃げたいけど、僕、まだ終わってない…。さすがにちょっと経つと僕のほうは済んだのでズボンのチャックを閉めて手を洗いにそそくさと移動する。液体石鹸で手をこすっていると太子がまたやってきた。これまた隣の洗面台を使う。そして手を流しながらこちらをみ、
「連れションしちゃったな!」
と笑顔でいってきた。
「してませんよ!」
思わず反射的にいいかえす。
「連れションてのは連れだってくるからそういうんです、これは違うでしょう、アンタが勝手に近寄ってきたんでしょうが!」
「えー、じゃあこれはなんていうの?近寄ってきたから近ション?」
「知るか!!!知りたくもない!」
ああ、もう、まったく。なんだって偶然にも二人っきりなんだろう。太子は僕に冷たくあしらわれてもたいしたダメージも受けずに相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。そしてなんだかニヤニヤこちらをみてくる。
「なんですか?」
僕は気になって聞いた。
「なにかいいたそうですね」
「妹子」
「はい」
「………どうだ、私のは大きかったろう」

はっ!?

「………まさかと思いますが、自分のものについていってますか?」
コクコク、と太子がうなずく。僕はハア、とため息をついた。
「普通ですよ太子。普通です」
「なに!?」
いや、そりゃちょっとは太かったけど、そんなとりたてていうほどじゃない。
「で、でも立派なもんだろ」
「はあ………アンタは中学生か高校生なんですか?」
「イーッダ、妹子のいじわる」
やばい、小学生並みだ、これは。
僕はハンカチをとりだして手を拭く。そのあいだも太子はなんだかブーたれていた。それからどうも反撃をしたいと思ったのかこんなことをいってきたんだ。
「そういう妹子のは少し控えめな気がしたぞ」
「どこをみてるんですか!セクハラで訴えますよ………僕のは標準です……っていうか、大きさで騒ぐなんて大人げないですよ。むしろちょうどいいサイズがいいんです。僕、そういわれましたもん、ちょうどよくてよかったって」
太子の顔から笑みが吹き消されたように消えた。おや、と僕はいぶかしがる。しかし、太子はちょっとのま、じっと止まり、それから気がついたようにそっと僕をみた。
「妹子、彼女いたのか」
その声は奇妙なくらい静かで穏やかだった。僕はその質問に答えなかった。どう答えていいのかわからなかったからだ。けれども太子は「そうか」と頷いて、そして一人出ていってしまった。
 カタカタとパソコンのキィを叩いていると後ろから声がかかった。
「小野さん、橘さんはいまどこです?」
ふりむくと調子丸夫君がなにやら手にプリントを一枚持って立っている。
「太子ですか?太子は蘇我社長のところにいってますよ」
「ああ、社長室」
丸夫君は少し困ったそうな顔をして、もう一度プリントに目を落とし、それから後ろをチラと振り返えり、向こうのデスクに座っている貧弱夫さんの横顔をみ、そしてまたプリントに目を戻した。
「じゃ、また後でいっか…」
彼は独り言をつぶやく。それから、「橘さんが帰ってきたら教えてください」といって去っていった。彼の後ろ姿を目で追ってゆくと、やはり貧弱夫さんのところであのプリントを差し出しながらなにやら話している。貧弱夫さんがなにか太子に用があって、そばにいた調子丸夫君に頼んだのだろう。たいした用ではなかったのか、二人はデスクに戻りまた自分たちの作業を黙々と始めだした。
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