日和

□全自動洗濯機
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 ドコン、とある日二人暮らしのアパートに運ばれてきた全自動洗濯機は最新式だという。曽良が業者のものに冷たいペットボトルのお茶をねぎらいに渡して、アパートの扉はバタンと閉じられた。

「洗濯機ですね芭蕉さん」
「そうだね、曽良君」
「前の洗濯機もそうそう悪くはなっていなかったのに、なんだって新しいものを買ったんですか、しかも無駄に大きい!!この家計キチキチの時に」

弟子男はなんだかぶつぶついっているが、そんなことは気にしない。

くすっ

師匠が浮かべたドス黒い笑みをみたのは、玄関の靴箱の上にいたマーフィー君だけだった。

(曽良くーん。その洗濯機はまえのとなにが違うかってね。それは…それはぁ…)

おまえが生意気なことをいう度に、そこに突っ込んで回してやれるように大きいサイズにしたのさーーーーー!!!!


あーーーーっはっはっ

芭蕉さんの脳内は「赤頭巾ちゃん」の一人学芸会状態だ。

おばあちゃん、どうしてお耳が大きいの?
それはね、赤頭巾、おまえの声がよーく聞こえるためさ。
おばあちゃん、どうしてお口が大きいの?
それはね、赤頭巾、おまえをペロンとたべちゃうためさ!
きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「いい!いい!!最高どぅうっ」
「は?」

突然隣で踊りはじめた師匠に弟子はつめたーい視線を送ってから渋顔をつくって奥に引っ込んだ。バカジジイはほっとこう。彼の背中がそう語っていた。

と、思う間もなく、


ピンポーン
ピンポーン

「お?はーい、どなた?」

ガチャリ

ドアを開けると立っていたのは、

「ぱっひょい!遊びにきたぞー、ばせをさんっ」
「今日、僕が佃煮をつくったんですー、よかったら食べてください」
「おー、太子君、妹子君、ありがとう。佃煮を作っちゃうなんてすごいねぇ」
「いえいえ」
「いーえいーえ、私の嫁は有能ですから、これくらい朝飯まえ、むしろぶれっくふぁーすとまえなんだよ、なあ妹子」
「いまさりげなく虫唾が走ることをいったような気がしますが、聞かなかったことにしておきます、あっ!肩に手をまわすな、べし!」
「ビンタッ!?……うう、ひどいよまったく、家内が暴力をふるうことをものの本では家テイ内ボウリョクというんだ」
「芭蕉さん、この男、砕いてもいいですか?」
「な、なにそら恐ろしいことを真顔で許可求めてくるの?松尾、そんなことに加担したくないんだけど……」

「さてさて、なにを騒いでいるのですか?」

パタパタとスリッパを鳴らせて奥から曽良が現れた。

「あ、曽良君!」
「妹子さん?…と、どっかの人」
「太子!太子だよ曽良君、お願い私のことも覚えて」
「すみません、僕、不器用で」
「いやいや記憶に不器用はあんまり関係ないから、君んちの隣の隣に住んでる聖徳太子!!もう、毎回これじゃあ太子まいっちんぐ☆」
「…チッ」
「…!いま、舌打ちした…」
「いえ、気のせいですよ太子さん。それにしても…お隣のお隣は『小野』という表札じゃなかったですか?」

ここで太子はうっと言葉につまる。すかさず妹子が話に割って入ってきた。

「そうなんですよ!このアホ伝説、本当はここからバス停三つほど離れたところに住んでいるはずなのに、家賃滞納、深夜に友達を連れ込んでどんちゃん騒ぎ、しまいにゃ大家さんと喧嘩して追い出されたっていう大バカ者で、僕のところに転がりこんできたんです」
「…だって、フィッシュ竹中さん家はいつも湿ってるし、ゴーレム吉田さん家はくつろげないほど椅子からソファーからベッドからまるっきり硬いんだもの」
「だからって迷惑です!」
「うるさいっ、そういう意地の悪いことばっかりいってると聖徳ラリアート喰らわすぞコラァ〜」

太子が無駄に両腕をぶんぶん振りまわしはじめた。すると、それに妹子が応戦しだす。

「ちょうどいい。そろそろ決着をつけたかった頃なんですよ…朝ごはんでは僕の分もさくらんぼ食べちゃうし、ごはんはコシピカリにしろとうるさいし、ちゅーは三秒でやめちゃ根性無しとかいってくるし…いい加減僕も堪忍袋の緒が切れるってもんです!」
「おー、切ってみいやぁ!!!」
「後悔すんなよ、苔むし摂政!!!」


や、やめーーーーーーーーーーい!



芭蕉さんの悲痛な声があたりを裂いた。

ピタリ、と二人の動きがとまる。

「もう、せっかく遊びに来て喧嘩はするもんじゃありません!!」

ピシリ

珍しく年長者らしい威厳をもって言い切った芭蕉に、曽良は心のなかで拍手を送った。

(たまにはましなことをいうな、ぱちぱち、このじーさん、ぱちぱち)
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