Mihasi*Abe

□相合傘
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空は鈍く光っていた。三橋が目を凝らすと、それは灰色を増してくる気がした。三橋はしばし立ち止まり、そしてすっと振り返ると玄関のノブを回した。

*相合傘*

たかたかと、アスファルトを踏みならして、すでに集まっているみんなのもとに三橋は走ってゆく。お、またせ!と息せき切っていうと、沖が走らなくても大丈夫だったのに、と笑った。
「まだ浜田さんも来てないんだ」
沖の隣にいた栄口が腕時計をみながらいった。
「あ、ハマ、ちゃん…?」
「んー、なんでも急にバイトの代理頼まれちゃったみたいで、それ終えてからこっちに来るんだって」
「…え、ハマちゃんいつ、バイトしてるんだ…」
「あの馬鹿は深夜バイト明けでこっちに来るんだよ」
横から急にかかった声に顔を向けると、腕を組んだ泉が立っていた。
「深夜…」
「カラオケハウスのバイトだよ。あいつ昔してたんだよ。そこの知り合いから急きょ代理で浜田に代わってくれって電話がきたんだってよ」
泉の声はとげとげしい。しかし、それが浜田の身体を気遣っている気持ちの裏返しであることを知っている三橋は黙ってそれを聞いた。
「今日、遊園地、なのにね」
「そうだよ!寝ないでくるなんてな」
三橋は泉の顔をそっと見守る。少し伏せられている睫毛が影を作っていて、その影がいつも以上に濃く、彼の顔に物憂げな華をそえた。三橋はそれがきれいだと思った。するとその時、予期せず後頭部にポコンと衝撃が走って、わっとなる。反射的に振り向くと、自分の顔近く、ぬっと現れた顔と視線がぶつかった。
「なにぼっとしてんの?」
泉と同じようなぶっきらぼうな物言い。でも、また全然違う人。阿部君。
「お、はよ」
「はよ」
三橋はムニと唇の両端を上にあげてみた。けれど相手の表情に変化はない。なんとなくつまらなそうな感じでこちらを見返してきたので、三橋の唇に作られた笑顔が行き場を失って、徐々に元に戻る。沈黙が流れた。
「…えと」
三橋がなにか話題をと思いながら、いいきっかけになる言葉を探して、さっとまわりに視線を巡らすがこれといって思いつかない。あの木、大きいね、じゃあ話にするほどの意味はないし、みんな集まったね、っていうのもなんか変だし。といって遊園地楽しみだね、なんていったらまたこどもみたいだっていわれるかもしれない。
気のきいた言葉、気のきいた言葉。三橋が無意識のうちに唇に力を込めてムニ、と歪めた時、
「あのさ」
という阿部の声を聞いてほっとする。
(会話、はじまるっ)
「おまえのそれさ」
「うん」
「なんで持ってんの?」
「え?」
相手のいっていることがいまいちわからなくて三橋がキョドキョドとした。その様子に阿部はすぐさま三橋のビニール傘を指差す。
「これ。これなんで持ってきたの?今日は、雨降んないんだぜ?」
ああ、といって三橋は手の中の透明な傘を自分の胸元に寄せた。
「曇ってるから…降るかもなぁって思って」
「たしかに曇り空だけどよ、でも雨は降んないんだって、天気予報がいってたぞ」
「そっか」
三橋は困ったような笑顔をつくると、阿部の顔をみて、「間違えちゃった」といった。
「別にいいんだけどよ。ただ、動く時邪魔になりそうだったからさ」
「ううん、いいよ。オレ、もう持ってきちゃったんだから、手に持ってる」
「うーん、折り畳みじゃないから、駅のロッカーに入らないだろうしなぁ…」
「だからいいよ。へーきへーき」
「…ん」
阿部はまだどこか思案顔で、眉間にしわが寄ってきた。けれど結局、「まあ、いいか」といって一人で頷き納得したらしい。ふと気がつくと後ろにいたはずの泉がいない。その姿はやや離れたところの花壇に見出せた。声は聞こえないが、泉は頭をタオルで縛った花井と話をしている。花井が手を顎にそえて困ったように思案していた。泉がそんな彼にさらになにかをいうと、花井はひとつ頷いてこちらのほうに向きなおる。
「おーい、集合。出発することにしたぞ」
その声でみんなは花井の近くに歩きだした。
「もう出発か?浜田さんは?」
田島が花井に聞く。すると花井は隣の泉をみやって答えた。
「泉がここに残って、浜田さんと一緒になってから来るって。そういうわけでいこう」
「いいのか、泉?」
田島が泉の顔をみる。
「おー、いいんだよ。これ以上みんなを待たせるわけにいかないし。あと30分くらいしたらあいつもここに来るらしいからさ。オレ、あそこにみえる店でコーヒーでも飲んで待ってるよ」
「そっか、泉、行き方わかるか?」
「大丈夫。だってその遊園地って、駅降りてすぐだろ?現地に行きゃわかるだろ。あとは携帯で連絡するよ」
「わかった。んじゃ、後でな!」
田島の言葉に泉がうなずく。それをみてから花井が駅に向かって歩き出した。
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