Mihasi*Abe

□バイト先で○○フェア
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朝。

さあ、マーマレードをつけたパンを食べなくちゃ。
あと、ゆで卵つきのサラダがいいかな。


そんなことを、いつ頃から考えていたんだろう。
ぼんやりした朝の頭。
おそらく夢の中で考えだして、その延長で目覚めの瞬間を迎えたのだろう。

三橋は視界の半分を覆う大きな枕をみつめながら、新しい朝がきたことを悟った。


習慣的に手を動かして布団を探っても、なににもあたらない。

ドキッとして身体を起こす。

背中から掛け布団がすべり落ちて、白い肌が現れた。


「…阿部君が、いない…」

ふっと予感がして、掛け布団を身体にまきつけたまま、折りたたみテーブルのところまでいく。

すると、予感通り、メモが一枚置かれていた。
見慣れた、右肩上がりの字。

『一時限目の講義があるから先に行く』

シンプルな置き手紙。

ホッとすると同時に、わずかに感じる物足りなさ。

三橋はその場にペタンと座り込んで、メモを両手にとってまじまじと眺める。

これを書いているとき、阿部君はどんな顔をしていただろう。

優しい笑みを口元に浮かべて…なんて考えたいところだけど、きっといつもどうりの淡白な顔をしてたりして。
忙しそうに用意しながら、あいまに走り書きした感じ。

いやいや。
わざわざメモを残して気遣ってくれてるんだから、充分に幸せなんだけど。

ただ、こう…一度はらぶらぶなメッセージをもらってみたいなあ、なんて。

三橋はメモをひっくり返して眺め、またもとに戻し…それからもう一度ひっくり返す。

まるでどこかには、「愛してる」なんて言葉がこぼれ落ちてないかと調べるように。

それから、彼は小さなため息をついてメモをテーブルに戻した。

「…愛して まーす…」

小声でつぶやき、コテンとテーブルに顔を乗せる。

それから昨夜の阿部のことを思いだした。
新しく手に入れた、とっておきの記憶。

自分の名前を一生懸命になって呼ぶ彼の声と息遣い。

あんなに切なそうな声を彼にださせたのは、自分だと思うと感動してしまった。

彼の背中にキスを落としながら、その火照った肌を感じられるのも自分だけ。
思いあまってつけてしまった口づけの跡も、そのまま身体につけて講義を受けているあろう阿部君。


なんだか、どこへいっても、オレのモノって思える感じ…。

(オレのモノ、じゃ 阿部君 失礼かな…)

テーブルに突っ伏したまま、大きな瞳だけぱちりと開いて三橋は考える。

(じゃあ……えっと……トクベツ、とか。 どこにいても、誰と会ってても、阿部君のトクベツは、オレ…)

全身に満足感が広がっていく。
三橋はひとりで嬉しそうに唇を緩ませると、しばらくしてようやく立ち上がった。

(授業、3時限からだから…今から、シャワーできる)

三橋はキッチンにあるコンパクトサイズの冷蔵庫から牛乳を出すと、大きなコップ一杯を勢いよく飲み干してからシャワーをしに動きだした。

今日は近くのスーパーのレジバイトがある日。
大学から真っ直ぐバイト先に向かって、きっちりクローズまで入るから、家に帰れるのは十時ちょっと前くらいだ。

「阿部君、またレジに くるかな」

シャア…と流れるシャワーの音。
そのやわらかな音に包まれながら、三橋は小さくつぶやいた。
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