日和

□闇のなか
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※太子が腹黒い


闇のなかで青年がひきしまった腕をのばし空をつかんだ。軽い呻き声。その手を別の手がつかむ。

「どうした、妹子?大丈夫か?」
青年はひくひくと喉を痙攣させながらろれつのまわらない口でいった。
「たい…し…たいし…」
「ここにいるよ。どうした、妹子」
「あつっい…身体、が…あついっ、よう……」
闇のなかでさぐりあてた太子の腕をきつくにぎりしめて妹子は見開いた瞳から涙をこぼして声をあげている。
「こわ、い…」
「妹子、氷があるぞ」
涙がながれるにまかせたその顔を両手で挟んで太子は口先にくわえた氷を彼の唇にあてた。とたんに妹子がその氷を得んがために太子の口にみずからのそれを押し当ててくる。だが太子は氷を自分の口のなかに戻してしまった。そして必死にそれを追いかける妹子の舌ごと彼は口内にふくむ。ようやく小さくなった氷が妹子の口に渡った。もはや小豆大の氷は妹子の奥歯のあいだで砕ける。
「妹子、もっとあげるよ」
光りのささない場所にいるからわからないが、太子は妖しい朱に染まった顔でふたつめの氷をくわえた。
するとそこにボゥと青白い明かりがさした。太子がピクリと反応する。背後から声がかかった。
「どう?調子は?」
「…閻魔」
太子が肩越しにいった。青い光りは閻魔の身体をとりまいている炎のから放たれている。その光りによって初めて、困惑と欲情に染め抜かれた妹子の姿がみえた。彼は閻魔に全く反応していない。むしろその瞳は宙の一点をぼんやりみつめたまま動かず、怖いほどにキラキラと輝いている。
「OKみたいだね」
「ああ…」
「なんだよ太子、そのそっけない返事。もう俺のことはどうでもいいってこと?頼むときはあんなに必死でお願いしてきたのに」
「だから感謝しているって」
太子はへそをまげだした閻魔にそう答えるが心ここにあらずだ。揺らめく炎の光りと影をチラチラと踊らせる妹子の顔が羞恥に歪むのをみて彼は心奪われたらしい。太子の手が敏感なところをつまんだ。妹子が眉をよせて呻く。

「はいはい、俺はお邪魔ってわけね」

閻魔は片方の手の平を頬にあてて肩を一度すくめると消えていった。
あたりはまた闇に包まれた。





霧雨が立ち込める暗い道をしばらく進むと、前に鬼男が立っていた。やほー、と片手をあげても返事がない。近寄ってみると案の定彼は怒りをあらわにした。
「あんたはまたなにをやっているんだこの大王イカ!下界にいったあげく、人間に冥界の媚薬を与えるなんて」
「だってあれ効果絶大。人間どころか氷河に埋もれたマンモスだってその気にさせるハイパー媚薬だよ」
「だから!勝手に持ち出したり人に渡すなといっているんです!あれは鬼達が使うものでしょう、人間には強すぎるんだ」
「だから二万倍に薄めたんだって。もー、鬼男君たら怒りんぼさん」
「あんたにはモラルってもんがないのか!…だいたい、アレを飲まされた青年が可哀相だと思わないんですか」
ここで閻魔はうーん、と伸びをした。そして、キラリと鬼男の目をしっかりとらえていう。
「俺だってちゃんと考えたよ、いくら倭国の最高権力者のたっての望みでも、人の心を踏みにじるものであってはいけないって。でもさ、ちょっくら調査のためにあの遣隋使の子の夢のなかに入ったらいろんなことがわかったんだもの」
「……媚薬を使ってもよいと?」
「そういうことになるね」
ハア、と鬼男はため息をついてクシャリと自分の髪をつかんだ。
「あなたは人間にちょっかいを出し過ぎます」
閻魔は明らかにほっとした表情をみせた。それが鬼男の容認の合図だと考えたからだ。
「帰りますよ、大王」
「はいはーい」
二人の冥界の番人は牡丹がまき散らされた道を歩いて行く。また一つ、ポタンと降ってきた牡丹を眺めながら閻魔がいった。
「あの遣隋使の男の子ねー、鬼男君以上に素直じゃないんだよ?ちょっと手助けしてあげなきゃね」
すると鬼の褐色の肌がわずかに赤らんで葡萄のような色になる。
「なんのことですか、コシヌケ大王イカ」
「あー、コシヌケって君!」

二人は冥界の門をくぐり抜けた。

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閻魔の性格はいろいろなサイト様から影響を受けましたvV

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