Other*

□六月の花嫁
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「田島ー。なに読んでんの?」

オレはそう声をかけた。
だって、驚いたから。


六月の花嫁



どこの学校でもそうだろうが、この西浦校の昼休みはざわめきたっている。そんなにぎやかさをすり抜けて、オレは9組に滑り込んだ。今朝地理の教科書を忘れて登校したもんだから、泉に借りた。それを返しに来たんだ。ついでだからこのまま9組で昼飯も食べちまおうと弁当も持参した。
「おっす」
「おーす、花井、もしかしていま返しに来たの?」
「あ、花井君、いらっしゃい」
座っている泉たちを見つけて声をかけると、泉と、そして三橋がオレに返事をかえした。浜田さんは泉の机を半分使ってもう弁当を食べだしている。そしてペコンとオレにその金髪を軽く振って会釈をくれると、浜田さんは近くであいている椅子を片手で引っ張り出してオレ用の椅子を作ってくれた。
「ありがとうございます」
オレに微笑みかける浜田さんに、三橋じゃないけど、いい人っ、って感じた。
と、この三人から離れてはいないが、かといってくっついてもいない位置で田島がなにやら真面目な顔つきで雑誌を眺めている。近寄って覗き込むとそれはどうみても女物の雑誌でちょっとビビった。
「田島?」
オレはさりげなく声をかける。すると、田島はクリンとこっちを見上げてまっすぐな、けれどどこか疲れた顔をしてオレに、よう、とだけいった。
「なにその本。おまえそんなの読むの?」
「あー、これ?レイコちゃんに借りた」
「…誰?」
「オレの前に座ってる子」
そういって田島は自分の席の前、正確には自分の席の斜め前を指差した。
「へえ……でも、これ読むとこなんてあんの?」
どのページをめくっても洪水のような洋服、洋服の渦。それからアクセサリーのコーナーがわらわらと続き、星座占い、読者投稿欄などが載っていた。
「……マジで読む意味わかんねぇ。女子ってこんなのみてるんだ。…うちの妹達もまあ、時々買っては来るけど、オレちゃんとなかみたの初めて」
「そ」
「おまえ、どこみてたの?」
なんだか今日の田島はそっけない。それでもオレは好奇心の方が先だってつい質問してしまった。
「これ」
田島がパラパラっとページを繰って、ある特集記事を指差した。
――六月の花嫁――
大きな見出しの文字。そしていままでのガチャガチャとしていたページとは雰囲気が変わって、落ち着いた雰囲気の写真のなかに、三人のモデルがデザインの違うウェディングドレスを着て、手にはこれもそれぞれ違ったブーケを持っていた。
「へー…。オレだったら…このドレスが綺麗だと思うな」
なんとなくいった言葉に、田島は反応してオレの顔をまっすぐに捉えると、
「花井、結婚したい?」
と突然聞いてきた。
「は?え?別にあんま考えたことなかったけど。そりゃまあ、いつかはするもんじゃね?」
「したい?」
「なんだよ、変な目をして。したいよ、いつかは彼女つくって結婚して、家庭をもつよ。っていっても?いまだ彼女とかいないんだけどさ〜」
オレは苦笑いを浮かべながらいった。野球ばっかの毎日だから練習練習で、うちのチームに彼女持ってる奴はまだ誰もいないのだけど、それでもなんとなく、自分にいないっていう事実はちょっと情けないようで、オレはワザとおどけてしまった。
「花井なら出来るだろ。その気になってないだけだよ。ま、おまえはオレと甲子園に行くんだから当分彼女はおあずけだ。」
「勝手に人のこと決めるなよ。わかんないだろ?いや、別にいまは彼女よりも野球やってたい気持のが強いけどさ」
「ふーん」
「にしても田島は?おまえは結婚したいの?」
「別にー、オレはずっと野球してくからそんだけでいい」
「ほほう、田島はプロ入り宣言か。じゃあ、未来はスポーツアナウンサーと結婚だな。女子アナだぜ」
いった瞬間、田島がオレをにらんだ気がした。
なんで?
オレ、なんか悪いこといった?
今日のこいつはなんか変だ。かかわるのはやめとこう。オレはそれとなく田島から離れようとした。すると、
「弁当食っちゃえよ。時間なくなるよ?」
田島が机の上をポンポンと叩いた。
「…いいけど、おまえなんか機嫌悪そうだけど」
「悪くないよ」
不思議そうな顔でオレを見返す田島。…なんだよ、無意識でイライラしてるわけ?
オレは浜田さんたちの方を振り返ると、泉が「どこでもいいから食べちゃえよ」と笑いかけてきた。
オレは田島の机に弁当を置いて、パコンと蓋を開く。いつもなら田島が目ざとく奪いに来るであろう唐揚にも奴は反応の示さなかった。かわりに自分の昼飯を取り出すと、それを静かに食べ始める。早弁をしたのか、それはもう半分しか残っていなかった。
「おまえはどんな子と結婚したいの?」
しばらくお互い無言で食べていると、田島がさっきの続きか、オレに聞いてくる。
「そりゃ、気立てのいい可愛い子だよ」
「理想とかある?」
「んなことまだ考えてねぇよ。でも、そうだなー、一緒に旅行とかしたい。まだ行ったことのない、キレイなとこに行って…あ、山なんかいいな。景色いいところで、ロッジに泊って、星をみたりなんかして」
「へえ」
「そういうところでまた色々しゃべってお互いのこと知ってくんだよ」
「山かー、なんか意外だな花井がそういうこと考えてるなんて」
「意外?じゃあオレ、どんなこと考えているようにみえた?」
そう聞くと、田島は首をかしげて、
「んー、そういわれるとわかんね」
「なんだよ」
オレ達は笑ってしまった。
「なぁなぁ、山だったらどこがいいの。やっぱエベレストか!?」
にぱっと笑ったいつもの笑顔にオレはほっとした。でもいきなりエベレストかよ。
「えー、違うの、じゃあキリマンジャロだ!いいなぁ、アフリカにあんだろ?」
「あのなぁ、田島。そんなでかい山に登らなくてもいいんだよ。別に登山が一番の目的じゃないんだしさ。だいたい男と女は体力が違うんだ、オレは八ヶ岳とかそういうところがいいんだよ」

そのとき、オレは田島の表情が、まるで膨らんだ風船をパンッと割ったようにしぼんでいくようにみえた。
それでも、田島はオレに笑いかけようとはしている。そして弁当をパクパクと食べて、ごちそーさん、と小さくつぶやいた。
それから、ふっとオレの顔をみると、

「花井、オレ、幸せになりたかったな」

そういって怖くなるくらいキレイで、そしてもろそうな笑顔をみせた。


7組に帰ってくると、日差しのせいで眠さを誘うような窓際の席に陣取って、水谷と阿部がなにやらクロスワードパズルを解いていた。二人とも知恵を絞って考え込んでいるらしい。妙に平和なこの光景がいまのオレには不思議なものに思えてしまった。すると水谷がオレに気がつく。光線を透かしたために本当に茶 色にみえる髪の毛をふわりと風になびかせて、水谷がこちらをみてきた。
「花井、いいとろこに!なあ、『スイカ、メロン、カボチャは、この科の仲間です』ってなんだと思う?」
「は?わかんねーよ」
「タテのカギで二文字なんだよ」
「え〜、わかんね、ハス科とか?」
「ハス〜?なんか違う気がするんだよね」
「悪かったな」
「ツル科じゃねえの、水谷」
阿部がシャーペンを器用に右手でまわしながらクロスワードを覗き込む。
「鶴!?なんで」
「鶴じゃねえ、『蔓』の方だ。なんかさ、メロンとかカボチャって茎が蔓みたいに地面を張ってるんじゃなかった?……えと、ち、がう? オレ、そんな絵をみたことある気がすんだけど」
「ううう〜ん。蔓科ってぇ……蔓科ってそもそもあったけ、花井―?」
「知るかよ」
オレはつい冷たい言い方をしてしまった。さっきの田島のことが頭から離れなかったんだ。まずい、と思ったけどもう後の祭り。水谷は傷ついたような顔をしてフイと顔をクロスワードに戻した。
と、
「なに、花井、機嫌ワリィな」という阿部の声。
それから、頬杖をついている阿部は空いている方の手、シャーペンをさっきまでまわしていたその手をスッと動かして、水谷の頭をなでた。
「おまえもそんくらいでしょげてんじゃねぇよ。花井、虫の居所が悪いんだろ」
軽く、優しく、長い指が綺麗なネコッ毛を梳かしてゆく。みるまに水谷の頬に赤みがさした。
穏やか過ぎる、午後。
窓の外からは校庭のざわめきと、鳥の鳴き声、遠くからする車の音しか聞こえてこない。
オレは、この光景のなかに水谷と阿部が、あまりにも自然に溶け込んでいるようにみえた。
阿部は相変わらず頭をさわっている。水谷の瞳に温かい光が射している。
午後の授業のあいだ、オレは自分のすぐ前に座っている水谷の背中を、ついついみつめてしまった。オレ、なんか、すごいものみちゃったはずなのに、なんでこんなに落ち着いてるんだろ。水谷はオレの知らないものを知っている。みなれていたハズのこいつの背中が、全然違うものにみえた。
それから、オレは緑色の黒板をみつめながらも、授業とはまたまるきり別のことを考えてゆく。さっき――泣きそうだったアイツ。
うまくいえないんだけど、オレは直感してしまった。気がついてはいけないことを知ってしまった。

気がついてはいけなかった?

わからない。ただ、どこか儚く溶けていきそうなあの頬笑みが、さっき頭をなぜられている水谷のそれとリンクしたから。

オレ、幸せになりたかったな

バカ野郎。オレがわけわかんないままに、自己完結しやがって。
でも、怖い。なんだか怖い。オレがずっと目の前にみてきた、あの田島が、オレから四番を奪っていつも前を走っていた田島が、オレのなかであんなに潔くって、逞しくって、大胆な田島が。
田島でなくなってしまいそうで。
オレはとても悲しくなった。
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