Sakaeguti*shinooka

□映画館
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待ち時間が長いといわれる信号が赤から青に変わった。それだけのことで笑いがこみあげてくる。
「やれやれだね。」
栄口君のそんな言葉に私はうなずいた。晴れ渡った空の冷たい空気を吸う。交差点をあと一つ渡れば映画館が入っているビルに着く。遠くからでもわかるビル入口のチケット売場が見えた。
 と、鞄から急に振動が伝わってきた。マナーにしてあった私の携帯がなったんだ。私が立ち止まると栄口君も止まった。
「ごめんね」
私は急いでそういうと携帯を取り出す。ディスプレイを見ると…なんだお母さんからだ。私はなぜだか、つい栄口君に背を向けるようにして携帯を耳にあてた。すると、お母さんの声が大きいのか、それとも私が受信音量を大きく設定していたのか、携帯から外にまでお母さんの声が聞こえてくる。
「千代、もう映画館に入っちゃった?」
隣にいる栄口君を意識しながら、私はドキドキして、早く電話が終わってくれないか、と願った。
「ううん、まだ入ってない。もう映画館の前あたりだけどね」
するとお母さんは全くいつもの調子で話を続けてくる。
「夕食どうするの?外で食べてくる?」
「…え?あ、まだなにも考えてなかったんだけど…」
「どっちでもいいからね、外で食べて来てもいいわよ、映画終わったら7時くらいになってるでしょ?アヤちゃんと二人で決めて。決まったら早めに教えてね」
「あ、えっと…わかった、後で連絡する」
私は携帯を切った。すると、
「アヤちゃん?」
栄口君の呟きにびくりとなる。やっぱり聞き逃さないよね。私はあきらめてパチリと携帯を閉じると彼の顔を真っすぐに見た。鼓動が早くなる。でも吸い寄せられるように彼のつぶらな瞳を見つめてしまった。
「……クラスの友達と映画に行くっていってきちゃったの…家に遊びに来たことある子なんだけど、私、つい。」
すると今まで穏やかだった栄口君の顔が戸惑ったようにしかめられた。
「嘘ついて来たの?」
ドキンと強いなにかが胸をとおり抜けていく。
「ご、ごめん。…ちゃんと話してもよかったんだけど、うちのお母さんすごくそういうこと聞きたがりっていうか、色々詮索してくるから…。すぐ家に連れてきなさいっていいそうだし。」
顔が勝手に熱くなってくるのがわかる。でも…
「篠岡のお母さんってそうなんだ。」
栄口君がクシャリと笑った。その苦笑いをみて私はほっとする。
「…ごめん、次からはちゃんというから。」
私は栄口君に謝った。そして心のなかでお母さんにも。すると、
「別に責めてるんじゃないんだよ。」
栄口君が困ったように急いでそういった。その顔が少しだけ赤くなっている。それからぎこちなく腕を頭に持っていって、
「…実はオレも嘘ついてきたかも。」
「え?」
私は彼を見返した。
「いや、オレもさ、出かけに姉貴に会ったから『部活の友達と映画に行ってくる』って…でも野球部の友達っていったら…」
「男の子?」
「うん。オレ、姉貴がそう思ってくれたらいいなーって思ったし、実際なにも聞かれないでそのまま出てこれたし。」
「そっかぁ…」
「うん、だから篠岡とおんなじ。」
私たちは笑いだした。

「どうする、夕食。」
また歩き出したとき、栄口君がつぶやいたのかな、と思うような声でいった。思わず彼のほうを見ると、
「オレ、外で食べても平気だよ。」
ニコリ、と笑う。その表情に、思わず私も顔を崩してしまった。
 映画館の前に着いたとき、私は立ち止まり、栄口君も足を止めた。私は鞄から携帯をとりだして折りたたみをひらく。

『ご飯は外で食べて帰ります』

送信ボタンを押す指が、ほんのちょっとだけ震えた。


おわり

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