Mihasi*Abe

□正夢だったら
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それは二度目の合宿だった。

一度目は緊張して眠ることさえ出来なかった。
みんなの寝息が騒々しく響いて、心臓が震え上がった。

―オレが投手でいいの?
―みんなはオレにがっかりする。

泣けてくるけど、それでも心のどこかでは、またこのポジションになれたことが嬉しかった。嬉しいというより、オレにはこれしかない、オレはこの為に生れてきたんだから、という気持ち。

押しつぶされそうな息苦しさのなかで、それでも手放せない光。
最初の合宿の夜、そんなどうしようもない自分の心の中でもがき苦しんでいた。


でも、今はみんなの寝息が楽しく聞こえる。今日はへとへとになるくらい動いたし、ご飯は美味しかったし、ふとんはあったかいし。
幸せ。

そして…オレは密かにすぐ隣の寝息に耳を澄ます。今日は食事も隣だったし、枕投げとトランプも楽しく出来たし。寝る時も、隣になったし。

ウヒ。

……でも、こんな風に思ってるのがわかったら、俺のこと嫌いになるかな?どうだろう…!……なるなぁ、きっと。きっとなる。だってただでさえ言ってることがわからないとか、イライラするとか言われるものなぁ。…それでも一緒に笑える時はすごくすごく嬉しいんだ。なんでだろう。…ああ、もう考えるのやめよう。なんか泣きたくなってくるし。いいんだ、わかられなきゃいいんだもの。普通にしていれば、いつだってサインだけはくれるから……


「三橋。」

低い阿部の声で、三橋の心臓は飛びあがった。びくり、と全身が引き攣る。

「―――な、な、な…なに!?」

しかし、それに答えはなく、いつの間にか――まるで魔法のようにいつのまにか――自分のふとんの中には阿部がいて、その腕に抱きしめられていた。

――――――――!!!

三橋はあの白目にひし形ひよこ唇で固まり、酸欠したように口をパクパクいわせている。と、その口が手のひらでふさがれた。

「静かに。」

真っ暗闇の中で、阿部の小さな声だけが耳元でする。五六秒経つと、そっとその手が外された。そして、それきりなにも起こらない。

ただ感じるのは自分の鼓動と、そして服を通して伝わる相手の鼓動だけ。自分と同じくらい強く早く打たれているその脈に、三橋はなぜかほっとした。しかし、これからどうしていいかわからない。相手があまりにじっとしているので、三橋の方も静かに呼吸だけしていた。その温かさだけが伝わってくる。弾力があって、いい匂いがする。
背中にまわされた手に少し力が入った。と、三橋も思わず相手の背中をつかんでしまう。なんでそんな勇気が出たのか、後から考えるとわからない。相手の顔もなにも見えないから、どういうつもりで阿部が自分のところに来たのかはわからないが、もはやそんなことはどうでもよくなっていた。ただ、いつまでもこうしていたい。三橋の想いは、いまそれ一つだった。
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