Haruna*Abe

□黒猫の元希さん
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オレは帰り道にみつけてしまったんだ。真っ黒い猫を。
その瞳がきれいだと思った。
でも、なんだか態度の大きいやつだとも思った。部活の練習で今日も身体はくたくた。腹の虫はなってくるしで早く家に帰りたかった。歩道脇でオレのほうをみつめているそいつは、明らかにこちらをみて鳴いていた。ナーォォ、と。人慣れしてるなと思った。どっかの飼い猫か、それとも猫好きな人が餌でも与えているのか。
「ワリィけど、構ってらんねーよ」
オレはそういって、そいつにちょっと笑顔だけ送ってその場を過ぎてゆこうとした。すると、
「ナァァァァーン!!」
と吠えるみたいな声をだす。さすがにオレも足を止めて、自転車の上からそいつをみた。
「なんだよ、驚かすなよ」
すると、ポンッといとも軽々と、そいつはオレの自転車の前カゴに乗ってしまった。
「なっ!なにしてんだよ」
思わずオレはそういって相手の緑色の瞳をのぞきこむ。
「連れていけないんだ、おまえ。だいたい、どこの猫なんだ?」
みるとちゃんと首輪がしてあった。ほっと胸をなでおろす。よかった、とりあえず飼い主がいるらしい。街灯の下に自転車を動かして、その首輪をよくみてみた。
「あけぼの町、3番地11-120 早川」
ふうん、とオレは首輪についている札を元に戻した。
「つまりおまえ、遠征しすぎて迷子になったってやつだな」

自転車を玄関の脇に置き、このかなりデカイ猫を抱えてリビングに入った時の家族の反応は予想どおりだった。母親が目を見開いて、あら、と固まる。父親がお前どうした、と野太い声をかけてくる。それから弟のシュンが、猫だー、とあたりまえのことをみたまんまいった。
「拾ってきたのか?!」
父親の声に、違う、と答えて、
「迷子だよ。ここに名札がある。なんか電話番号までは書いてなかったんで、しかたないから電話帳かなんかで調べてかけてよ」
「もー、タカは猫が好きだからって、ほいほい持ってくるんだから」
「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、こいつ人の自転車のカゴに入ってくるから…」
オレとシュンで牛乳を出してきて、レンジで少し温めて猫にやっているあいだにお母さんがテレビの前にある小さいテーブルの上で電話帳をめくっていた。
「タカー、ないわよ。その人、電話帳に番号載せてないんじゃない?」
「ええ?めんどくせーなー」
「あなたが拾ってきたんでしょ」
「そりゃそうだけど」
仕方ないから明日その住所に届けてこい、と父親がテレビ番組から目をちらとだけ放していう。
「オレ、明日も練習があるんだよなぁ」
つぶやくと、母親がタウンページをしまいながら、私が車で行ってくるわ、といった。
「猫のことで部活休むわけにもいかないものね」
「ごめん、お母さん」
オレがそういったとたん、ミルクを飲んで満足げに前足をなめていた猫が、まるで事情はわかったとでもいうように母さんのところにいって、ナーオ、と今度はやたらと甘えた声をあげた。
「あらまあ、あなたよく人の話を聞いているのね。お礼いってるみたいよ。じゃあ、今晩はうちにいなさい」
笑顔で猫をなでているお母さんをみてオレはほっとした。よかった、猫が好きな家族で。

「さって、今日一日はここにいるんだぞ。オレは風呂に入ってくるからお前はそこらへんにいろ」
オレはそういって猫をシュンに任すと風呂場にいって、まず服を脱ぎ、手早く洗濯機脇のカゴに入れた。それからなかに入ってシャワーを浴びる。頭を洗って、次に身体をこすりだした。するとドア越しに、ナァァー、という声がする。
「なんだ、来たのか。おまえは入らないんだろー?身体もきれいだし」
それでも猫はカリカリとドアを手でひっかいている。
「だーめ。入るんならオレが出て服着てからだ。なんにも着てないところに爪立てられちゃ、たまんないからな」
そういったとたん、バコバコ、と手荒く猫がドアを叩いた。なんてやつだ。
「ダメったら、ダメ!わかった、すぐ出るからそこで待ってろ」
仕方なくオレは湯に浸かることなく、あわただしく風呂を出る。
「ほい、どいて」
バスタオルで身体や頭をふいているあいだ、猫は今度は大人しくなってじっと座り込んだままこちらを見上げてきた。
「おまえ寂しかったのか?」
頭をごしごしやりながら聞いても返事はない。ただ、あの緑色の目を細めてこちらをみつめているだけだ。
「変なやつー」
オレは下着とパジャマを着ると、猫を連れて台所へいった。
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