Haruna*Abe
□映画館
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親がタダでもらった映画のチケットがあった。
朝の食卓でお母さんがオレにスクランブルエッグと一緒にそれをポンとテーブルに置いた。
「タカにあげる、暇なときいってらっしゃい」
いらねぇよっていった。だって、恋愛ものだし。アクションとかミステリーだったらまだ行くけど、一人でってありえない。友達を誘うわけにもいかないじゃん、デートでもするんならまだしもよ。
オレはそのチケットを隣でカフェオレを一気飲みしている弟のまえにずらした。
「シュン、おまえ行け」
シュンがチケットに目を落とす。すると、
「シュンちゃんが一人で映画館にいけるわけないじゃない!まだ中学生よ」
オレは心のなかでため息をついた。オレが中学生の時、一人で熊本まで親戚に会いに行かせたのどこの誰だよ。馬鹿みたいに大量のお土産まで持たせてさ。
「…デートとかにつかえるぞ」
オレはわざと母親に聞こえるようにシュンにいった。
「もういるだろ、好きなこくらい」
「タカ!!」
オレらの弁当を包んでいるお母さんが振り返る。バックに稲妻を背負っているみたいだ。
オレはしてやったりという顔をして見返した。…自分の弁当作ってもらっといて我ながらカワイクねぇなって思う。お母さんは不安そうな顔をして、チケットを手にとってしげしげとみつめている弟を眺めた。
「シュンちゃん…」
「なーに、お母さん」
「好きなこ出来たらお母さんに教えてね」
「シュン、あのおばさんには教えちゃダメだぞ」
「タ〜カ〜!!!」
オレはベロンと舌をだした。そして、ごっそーさーん、と食器をシンクに入れて弁当を「お世話さんです!」といってひらりととって駆け出した。 歯を磨いて、靴はいて、チャリ出してきてこぎだす。いつも見慣れた植え込みにいまは満開のツツジ。ツツジ以外の花もあちらこちらに咲き誇っている。オレは風をきりながら、五月の透明な空気を吸った。
けれどな
オレはペダルを踏む足に力を入れる。
けれどな シュン
恋なんて いいもんなんかじゃないぞ
あんなもん
二度と
死んでも
するもんか
映画館に行くはめになったのは、頑固親父のせいだった。
夕食の席で、朝のチケットの話しがまたでた。
「タカ、おまえ行け」
だからなんだってうちの親は無理に映画に行かそうとするんだ?
「あ〜…ヤダ」
「この映画はカンヌ映画祭にも出展されるやつだぞ。普通の映画より上等だ。せっかくだからみてこい」
「やだよ、そういう映画って、ストーリーが訳わかんないの多いじゃん。映画好きならいいだろうけど、シロウトには難しいんだよ」
「だから行ってこいってんだよ。おまえも野球しか頭にないんだから、もう少し他のもんも詰めとけ」
「死ぬ気で野球のことだけ考えろっていってたじゃんか」
オレは茶碗から顔を離した。
「ああ?それとこれとは別だろうが」
……やべぇ、いま不条理を感じた。
「いーじゃん、お兄ちゃん行けよ。タダだよ」
シュンが無駄に加勢する。…栄口にでも明日チケットやっちゃおうかと一瞬考えだが、バレると面倒臭いことになるので、とうとうオレは部活がミーティングだけで終わった日に映画館に足を向けた。