御話

□檸檬。
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<檸檬。>


初めて行う口付けは檸檬のような味がするのだと、蓮二から借りた本に書いてあった。

歴史小説ばかりを読む俺に『視野を広げるのもまた読書の一興だ』と言いながら、蓮二は自らが愛読する日本文学の小説を貸してくれたのだった。

穏やかな川の流れのような静寂があるかと思えば、瀑布のような激情も見せる卓越した文章と日本語の素晴らしさに俺は魅了された。

その中の唯一つの文節が頭に残って離れようとはしなかった。

『雀たちの戯れの如く僅かに交わした接吻は、若い檸檬の味を私に与えたのです』

主人公の心情故か他の文章に比べて稚拙なものであるのにひどく胸を打ったのは、俺がこの主人公と同じように蓮二と恋仲になって間もないせいだろうか?

主人公は年上の男を恋い慕う。

俺と蓮二ならばほんの2週間程は俺が年上だが、恋という分野に関しては蓮二の方が達者だ。

俺たちはまだ互いの気持ちを通わせたばかりだから口付けを交わした事は無いが、本当に初めての口付けは檸檬のような甘酸っぱい味なのだろうか?

そして恐らく初めてではない蓮二はどのような味がするのであろうか?

結論として言うなれば、俺は蓮二と口付けが交わしたいと思った。

この主人公に負けない程に恋い焦がれ、胸が焼き切れてしまうのではないかと感じる蓮二へのこの恋情を、口付けはさらに変えるのか?俺は知りたくなった。

「蓮二、これを」

「ああどうだった?」

皆が帰り二人だけになった部室で借りていた本を蓮二に差し出した。

「歴史小説には無い雰囲気だったがなかなか面白かった」

「そうか、それは良かった。弦一郎ならばこの時代の日本文学が合うと思っていたんだ」

俺から返された本を鞄に仕舞い込みながら蓮二がその表情を柔らかいものへ変化させる。

その笑みに胸が大きく跳ねて次の句を出すのを躊躇いそうになるが、意を決して再び口を開く。

「ただ一つ解せん事があるのだ」

「解せん事?」

「初めての口付けが檸檬の味がするのかどうか……俺は知らない」

「弦一郎……」

「初めての口付けが檸檬ならば次からはどうなんだ?………蓮二、教えてはくれないか?」

そう告げた俺の思考や身体は次の瞬間には全て自分のものでは無くなっていた。
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