短編小説

□切望
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 「今日も、遠いね」
 
 そいつは、ぽつりと呟いて屋上から見える紺碧にかすむ先をじっと見据えた。

 「自転車で、30分でいけるだろ」

 「わかってないなぁ」

 俺の言葉に愛想程度に苦笑して、そいつはフェンスの金網をぎしりと握った。
 顔に当たる風が微かに潮の香りを含んでいて、俺は空を見上げた。

 「海の匂いがする」

 「あぁ。雨が降るな」

 高台に位置する学校の屋上から見える海から視線をそらすことなくフェンスから離れ、俺の前で立ち止まったやつは、床に寝ころんだ。俺は視線を下にずらす。

 「空って、なんで青いの」

 「酸素が青いから」

 「じゃあ海が青いのは?」

 「空の色を反射しているから」
 
 「うっそだー」

 「嘘かもな」

 もう一度、空を見上げた。
 雲は多いけれど、太陽の光がくまなく俺たち二人を暖かく照らした。

 「空も、海も、大嫌いだ」

 小さな呟きは、潮風に運ばれて消えた。
 俺は目を閉じる。太陽の光が、瞼の裏まで真っ白に照らす。

 ああ、どうか。
 こいつの気持ちが酸素に溶けて、空の青と海の青になって。
 開いた視界には、青と白。

 俺の足元で無表情に泣くそいつの涙は、空の色を反射してうっすらと青に染まっていた。

2009.5.12

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