シリーズ小説
□桜嵐
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「…げ」
時計は、あと少しで6時を回る。
ちょうど千也が眠りについたころ、勝は人生に何度あるかというくらいすっきりとした目覚めを迎えていた。
勝はいつも目覚ましを掛けない。
なぜなら、美幸か祐か、とにかく兄弟のうちどちらかが必ず起こしてくれるからだ。いつもは7時過ぎくらいに起こされるのだが、今日は何故か一時間早く起床してしまった。
勝がもう一度寝ようと枕に顔を押し付けると、耳の鼓膜が破れてしまうのではないかというくらいに素晴らしい起こし方をしてくれた家政夫の無表情な顔が浮かび上がり、それとともに耳が痛む幻覚に襲われた。
「ううー…、くそ」
睡眠が何よりも大事だが、起こされる時のことを考えるとどうにも安眠できそうにない。
勝はしばらく転がったり起き上がったりを繰り返しながら、とりあえず顔を洗おうと決意し、一階へと向かった。
「…ん?」
冷えた廊下を歩いて洗面所に行き、顔を洗い、部屋に戻って着替えようと階段へ向かうと、リビングへ繋がる扉から淡く光が洩れているのに勝は気付いた。
もう、あの口の悪い家政夫が朝食を作っているのだろうか。
そう思い、部屋に向かっていた足をリビングへと向ける。かちゃりとレバーを引いて扉を開けるが、朝食を作っているような匂いも気配も何もしなかった。
キッチンの電気を消し忘れていただけか、と勝はいつの間にか千也がいることに期待していた自分に苦笑した。
自分の周りにいない種類の人間だったから、興味があったのだ。けれど勝は、まあいなくてもいいか、と思い直し部屋の電気を消した。そして、今度こそ部屋に戻ろうともと来た道をたどろうと背中を向ける。
「…ん、」
「…っ!?」
リビングを出ようとした勝の左後ろ、ソファから人の声が聞こえたのだ。
勝は目を見開きながらも声のしたところへと近づき、ソファを恐る恐る覗き込む。勝の視線の先には、膝をぎゅっと抱いて眠る千也がいた。
「…なんでだ?」
確か、この家政夫には部屋が用意されていたはず。
首をかしげながらも勝は、こんな処で寝ていたら体が痛くなると思い、千也を起こそうと肩に手を伸ばした。
「…っや」
すると、千也はまるでその手から逃げるようにさらに身を丸め、小さくうめいた。