シリーズ小説
□桜嵐
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「ふたりとも、すっごくうるさいんだけど…?」
三人がリビングの入り口をものすごい勢いで振り返ると、美幸が真っ黒な笑顔でたたずんでいた。そんな美幸を見ながら千也は、いつも美幸はあのドアに寄りかかって登場するよな、と見当違いなことを考えていた。
美幸はゆったりと千也たちがいる方にやってくるのだが、何を言われるのか恐怖ばかりが先走り、誰も動けない。
勝は小声で「あー…兄貴切れちゃった…」とため息をついた。
「祐、満野君?ケンカの原因は?」
「こいつが、俺の作ったちらし寿司出前だろ、って言ったから」
「寿司なんか作れるわけないのに、作ったなんていうから」
「それが、理由?そんなくだらない理由?」
理由を聞いた美幸は一気に肩の力を抜き、やれやれ、と頭を振った。
すると勝も美幸の後を継いで口をはさんだ。
「だよな、くだらないよな!俺、祐の馬鹿かげんにあきれたもん」
「な、馬鹿!?」
「馬鹿だよ、大バカ。ちらし寿司なんて過程で普通に作れるもんなんだぞ?」
「えぇっ!?」
「そういうこと。だから、祐は満野君に謝って。でも満野君も謝って。」
「なんで、俺も!」
「年上なんだし、きれなくても良かったでしょ。」
「っ…」
「…。満野さん、…ごめん」
「…ごめん」
千也はそっぽを向いてそう言うと、キッチンの奥へと姿を消した。
とりあえず場がおさまってほっとした勝と、自分の知識のなさで恥をかいて顔を覆っている祐、くだらない、と椅子に腰かけため息をついていた美幸達三人は気付かなかった。
千也が、悔しさにこぶしを震わせていることも、涙をにじませていたことも。
千也は、負けず嫌いなのだ。
勝や美幸にくだらないと思われようとも、自分が作ったものを否定されるのは腹立たしい。だから言い返したのに、なぜ、自分まで謝らなくちゃいけない。
いつもいつもそうだ。自分のこの性格のせいで自分は悪くないのに謝らなくちゃいけない。
それが嫌だったのだ。
子供っぽいと思われるだろうが、千也はまだそれを許せるほど大人になったつもりはない。
だが涙ををぼすことさえ悔しかった千也は必死に唇をかみしめ、荒く呼吸を繰り返す。そんな自分の声が聞こえないようにと、換気扇のスイッチを入れた。
「ただいまー」
「あ、父さんお帰りー」
義将の声が聞こえた瞬間、涙を拭き取り深呼吸して、コンロの火も入れた。
気持ちを切り替えるように、かちりと勢いよく。
その日精一杯頑張ったはずの夕飯は、千也は何故か、おいしいとは感じられなかった。
*大波乱の一日目 fin.*