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□神を穢す日
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『神を穢す日』





〈………あ、〉

三橋はただ偶然に見付けてしまった。
特に花井の着替えを凝視していた訳でもない。
不意に視線を動かした時に、その不自然な赤が目に入ったのだった。

「……、……」

どうしようかと三橋は逡巡した。
花井は隣で上半身裸のまま鞄をごそごそと漁っているし、これを他の人間に見られるとは花井とて本意ではないのではないかと悩んでしまったが、その赤から目を離す事が出来ずに、目を離してはいけないという脅迫観念に駆られたかのように、じぃっとその赤を見つめてしまった。
そんな不自然な視線に花井が気付かない訳もなく、

「どうかしたか?」

と三橋に話し掛けたが、

「…っ、あ…う」

三橋は言葉を成す事が出来ずただ喘ぐように声を出し、視線だけを花井のその赤のついた首筋に集中させた。
やがて花井は自ら気付いて、少々赤くなりながら素早い動作でそれを隠し、それからすぐに白いTシャツを着込んだ。

そうして三橋に顔を近付けて、小さな声で「サンキュ」と礼を言った。
三橋はびくりと体を浮かせながらも、やはりどうしても聞きたくなってしまった。

「…、……それ…た…じま、くん、が…?」

三橋がおずおずと問うと、花井は少し驚いた顔をして、それから自嘲のような笑みを浮かべた。

「…あぁ…あいつ噛み癖あんだよ」

そう言った花井の首筋にはTシャツに隠されながらも半分ほどは隠し切れなかった半円形の歯形が赤くくっきりと浮かび上がっている。
三橋はすぐに聞いた事を後悔した。
何故なら脳裏にまざまざと浮かび上がったのは普段の田島からは想像できない程淫らに乱れ喘ぐ田島だった。
花井の背中に縋りつきその小さな体をびくびくと痙攣させながらそれに耐えるように花井の首筋に噛み付く田島を、三橋は思い浮かべて顔から火が出る程恥ずかしかった。
何故聞いてしまったのだろう…三橋は脳内の映像を消そうとふるりと頭を振った。
しかし眼前にはいまだに花井の首筋の赤がある訳で、三橋はふと今度は自分の情事を思い出していた。
三橋は阿部にどんな跡も残した事はない。
三橋にとって阿部は畏怖の存在で、汚してはいけない存在だった。
自分にとっての神だった。
阿部の背に縋らないようシーツを思い切り握り締めて耐えていた、美しいこの人に自分のような下賤な者の跡など付けてはいけないと…。

だからだろうか、先程から花井に付けられた噛み跡がひどく甘美なものに見えるのは…まるで美しい花のような刻印だと…愛の形が自ら浮かび上がってきたのではないかと、三橋は羨みを持ってその赤い刻印から目が離せないのだ。
その視線に何かを感じたのか、花井はまた内緒話をするように三橋の耳元に口を寄せた。

「…お前も阿部に付ければ?」

なんと!花井は神を穢せと言っているのだ!
三橋はまたも情事の際に見える阿部の美しく白い首筋が目の前に来る事を思い出して、コクリと小さく喉を鳴らした。



やがて僕は神を穢す…。





ー終ー

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