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□後悔なんて…
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試験前の日曜日。
家族は皆でデパートに買い物に行くと全員居なくなった家で俺は部屋に音楽をかけながら苦手科目の復習をしていた。
そこに別の音が混じったのは突然だった。
ケータイの着信音が鳴り出しライトがきらやかに光る。
泉からのメールだった。
『悪いんだけど英語の問題集のP58の問5が分からないから教えて欲しい。昨日西広に聞いたけどやっぱり分からない。』
メールでは打つのが面倒だと俺は電話で返答する事を思い立った。
カチカチとケータイを操作し、何度かの呼び出し音を聞く。
『もしもし、急にメールして悪かったな』
「いや、俺も煮詰まってたんだ、数学のP121の問3が理解できない、他にも何個か」
『あーちょっと待て…数学はー…ってめんどくせぇな、会った方が早くね?』
「確かに…うち来ないか?家族いねぇし」
『じゃあお邪魔するー、1回切るな』
「おー」
泉は家が近いからすぐ来るだろうなと椅子から身体を起こして軽く部屋の片付けをする。まぁ家が近くなければ家に誘う事もないのだが。
5分程してまたケータイが鳴り、開くと泉からのメールだった。
『もうすぐ着く』
こういう気遣いが泉だなぁと思う。
田島だったら何の連絡も無しにチャイムを10連打して大声で俺の名前を呼ぶのだから。
〜
泉を部屋に招き入れてキッチンから飲み物を持って部屋へ戻った。
泉は俺が用意しておいた折り畳みテーブルの上にきっちりと問題集とノートを広げて待っていた。
「ポカリしか無かったけど」
「いいよ、ポカリ好き」
コップを並べてこぽこぽとジュースを注いで、それから俺達は勉強へと取り掛かった。
そして引っかかっていた所が一通り解けて一段落したら、泉がとんだ爆弾を落としてきた。
「…花井ってさー、田島とセックスすんの?」
「な!?」
しばらく真面目な会話をしていたのに、いきなり何を言い出すのか。
顔を赤くして口を無意味にぱくぱくさせていたら泉は「あー、へぇ、分かった」と真顔で言った。
何が分かったんだ。
「…じゃあ、俺の作戦に協力して貰おっかな、花井けっこータイプだし」
「…何の話だ」
俺が怪訝な表情をすると、泉の表情は一瞬にして変わった。
うっすらと口角をあげたこの恐ろしい程誘惑的な笑みは何だ。
「…花井さぁ…俺としてみねぇ?」
何の冗談だと、俺はただただ身体を硬直させるしかなかった…。
〜
『こんな弱々しい泉を俺は知らない。』
散々煽られた。
俺は泉に性的興奮など湧かない筈…だった…。
しかし硬直する俺の目の前で自慰まがいの事までやってみせ、喘ぎながら俺の名を呼ぶ泉に…俺は実際興奮し欲情した。
抱き締めたら、あまりに細く、か弱い身体に驚いて。
強気で不遜な泉はそこに居なかった。
攻める度にただよがって縋る壊れそうな儚いもう一人の泉を見た…。
…こんな弱々しい泉を俺は知らない。
〜〜
目が覚めると自分の部屋の天井が目に入った。
どうやら眠ってしまったらしい。
落ちた夕日が落ちた夕日が窓から差し込んでいる。
ベッドが狭く感じるのは隣に泉が居るからだ。
田島とは違うサラサラと流れる黒髪に指を絡ませて。
「…泉」
小さく名前を呼ぶとゆっくりと瞼を開いて、こっちを向いてまばたきをした。
ふわりと微笑んだ泉は髪に絡ませていた俺の手にすりっと頬ずりした。
「…後悔してる?」
鳴かせ過ぎて少し枯れている泉の声。
しているさ、今、現在進行形でな。
「…作戦って、何だよ…」
「作戦…俺が楽しむ為だけの作戦だよ、聞きたい?」
泉はにっこりと笑った。
「俺は花井に抱かれた事、浜田に罪悪感なんて全く持ってない、浜田はこれからもこの身体が自分だけのものだと信じて俺を抱くんだ、既に花井に汚されているとも知らずに!…っふ、ははっ!可笑しくて堪らない!」
「…お前、オカシイよ…」
泉は俺の言葉に耳を貸さずに笑い続けている。
「浜田さんを傷つけようとして、自分が一番傷ついてんだろ!?自虐行為だ…」
そう攻めると泉はつーっと一筋の涙を零した。
「…やっぱ花井は凄いな…」
俺の肩に顔を埋めて、涙を流すので、俺は泉の頭を何度も撫でた。
〜〜
身支度を整えた泉は冗談混じりに「また抱いてねダーリン!」とか言って帰っていったが、きっともう彼を抱く事は無いだろう。普通の関係に戻れるだろう。そしてそんな他人の恋愛事よりも…
(浮気しちまったよ…俺…)
田島とどんな顔で会えばいいか考えに考えて、俺は今回の試験ボロボロだった…。
〜終〜