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□魔物と可哀想な犠牲者たち
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あたし達、ずっといっしょだと思ってた。

ずっとおんなじ目線でいられると思ってた。

でも、そう思ってたのは、あたしだけだったんだね。ねぇ、隆也




夕暮れのグラウンド。
甲子園を目指して練習する球児達。
あたしがどうあがいてもなれないもの。
ちっちゃいころはあたしだって甲子園に行けるって信じてた。
あたしの投げる球で三振をたくさんとって、あたしだってヒーローになれるって。
でも、あたしはどんなにがんばったって女だった。



「榛名。榛名?」
あたしを呼ぶ声で我にかえった。
いつの間にか日は暮れて、教室は真っ暗だ。
あたしが振りかえると、そこにいたのは求めていた人じゃなかった。
「秋丸。」
そこには、野球部でキャッチャーで、今のところあたしの彼氏ということになっている秋丸がいた。
「何ぼーっとしてんだよ」秋丸が笑いながら言った。「別に…」
あたしはわざとそっけなく言った。
「ふうん。」
秋丸はあたしが何を言っても、やっても気にしない。だから、あたしはときどき秋丸をめちゃめちゃに傷付けてやりたくなる。
「帰ろう、送るよ。」
あたしの考えてることなんて全然知りもしない、可哀想な秋丸が言った。


もう、五月も下旬だと言うのに、今日は空気が冷たい。
あたしは夜道を秋丸と並んで歩く。
「榛名、わざわざ俺のこと待ってなくていいよ、暗くなると危ないし。」
秋丸が言った。
「別に秋丸のこと待ってるワケじゃない。」
あたしはまたひどい言葉を秋丸に投げる。
でも、秋丸はそれをあたしの照れ隠しと思ったみたいだ。
「はいはい。榛名は野球大好きだもんなぁ。待っててくれるのは嬉しいんだけど、心配なんだよ。榛名は女の子だし。」
まただ。女の子。
この言葉は一番嫌いだ。
あたしは一般的に言うと美人、らしい。
だから男に声をかけられたりもするし、同性からは羨ましがられたり、妬まれたりする。
でも、あたしが欲しいのは、こんなものじゃない。
あたしが欲しいのは、男の体だ。
変なイミじゃない。
甲子園に行ける体。
それを持って産まれただけで、無条件に目指す権利が与えられる。
あたしは産まれた瞬間からその資格を持ってない。
そんなの、認めたくない。「榛名、じゃあまた明日ね。」
そう言うと、秋丸はあたしにキスをした。
毎日、毎日これを繰り返す。
キスって便利だ。目をつぶれは誰が相手かわかりはしないから。
あたしは秋丸とキスをしながら隆也のことを考えていた。



「元希さん。」
隆也があたしの名前を呼ぶ。
あたしは力いっぱいボールを投げる。
隆也は、それをうまくキャッチした。
「隆也、うまくなったね。」
あたしが言うと、隆也は嬉しそうに笑った。



自分の泣き声で目を覚ました。
あの頃の夢。
あたしはまだ、リトルリーグのエースだった。
信じてた。
頑張ればできないことなんか何にもないって。
起き上がって膝を抱えた。ベッドがぎしりと大袈裟な音をたててきしんだ。
幸せ過ぎる夢、だった。



夢をみた数日後、秋丸が言った。
「榛名、阿部隆也って知ってる?」
秋丸のその言葉に体が凍った。
まさか、その名前を教室で聞くだなんて思ってもみなかったから。
あたしは必死で平静を装った。
「ああ…うん。リトルの後輩で中学も一緒だった。」声が震えてしまった気がする。
「へぇー、そうなんだ。なんかシニアで有名だったらしいんだけどね、西浦行ったらしいよ。うちの監督が振られちゃったんだってさー。」
秋丸があはは、と笑う。
「西浦?」
耳を疑った。西浦には軟式しかないハズだった。
「そう西浦。今年硬式になったんだよ。実力あるんならわざわざそんなとこ行くことないのにねぇ。」
秋丸がやっぱり榛名の後輩だったんだねー、聞いたことある中学の名前だったからさー。と言う。
でも、あたしにはよく聞こえてなかった。
なんで?どうして?あたしの頭の中はそれで一杯だった。



阿部隆也。
リトルリーグであたしのキャッチャーをやっていた。スピードはあるけどコントロールがイマイチなあたしの球を受けられるのはひとつ年下の隆也だけだった。
でも、あたしは知ってる。隆也の体がアザだらけだったこと。
トイレで泣いてたこと。
でも、あたしの前では泣き言ひとつ言ったりしなかった。
あたしたちのバッテリーはどんどん勝ち進んで、関東大会まで行った。
ずっと、ふたりでバッテリーを組んでどこまでだって行けるって思ってた。
あたしのワガママから喧嘩もたくさんしたけど、隆也だけはあたしのこと、わかってくれてるって信じてた。
女だからってシニアに入れなかったあたしの投球練習に付き合ってくれて。
めったに笑ったりしなかったけど。
褒めてあげるとはにかんだように笑う。
あたしだけが知ってる。
でも、第二次成長は残酷にもあたしたちのバランスを崩した。
あたしは女で、隆也は男。子供であって子供でなくなったあたしたちは体を重ねてしまった。
隆也はあたしを女にしか見なくなった。
隆也はどんどん男になっていく。
置いていかれたあたしはどうしたら良いのかわからなくなってしまった。
隆也は、あたしと投球練習をしてくれなくなった。
ピッチャーのあたしでなく、女のあたしを求めた。
あたしたちを繋ぐものはお互いが異性であるということのみになってしまった。あたしはそれが耐えられなかった。
だから、別れた。
好きだった。誰よりも。
それは嘘じゃなかった。
それは、今でも。
秋丸があたしに告白してきた時だって、野球部でキャッチャー、隆也を思い浮かべてしまったからだ。
秋丸は隆也の身代わりにされている。
秋丸は可哀想だ。
でも、そうでもしなければあたしはきっと壊れる。
秋丸にひどいことをしているってわかってる。




あたしは、秋丸に嘘をついて、先に学校を出た。
隆也の家の近くにある公園。
隆也と別れてからは一度も来ていない。
思い出がつまり過ぎていて、どうしても来れなかった。
いまでも思い出す。

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