Another Novel
□INDECLINABILITE
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「…どうして…泣いて、いる…の?」
初めて口を開いた筈なのに、私のそこからすんなりと声が出た。
“泣く”とは、何?
この“声”は、自分のもの?
“言葉”を…何故知っている…?
何も知らない筈なのに。
何も知らない赤子同然なのに。
当たり前のように発することができた言葉と声。
蹲る子供は、ただ小首を傾げていた。
涙は、流したままで。
――答えて。
蹲るその子は自分の体を微かに震えながら抱き締めていた。
質の良さそうな服が少しだけはだけている。
よく見れば、白く、日に焼けたことのないような、露になってしまっている肌や顔に、できたばかりの痣が幾つかあった。
それを見つけた瞬間、訳の解らない感情が脳を支配していった。
――頭の中が、真っ黒な気がする。
――胸が、苦しい。
――心臓の鼓動が早くなった。
――この感情は…
――ああ…怒りだ。
徐々に急成長していく脳。
それにつれ、徐々に総てを理解していく。
まるで元からあった知識のように。
自分の双眸から流れているのは“涙”。
その子の涙を見たくないのは、“ツライ”から。
そして、“悲しく”なってしまうから。
見詰めたままでいたら、ベッドの下で依然と蹲っている子供が初めて口を開いた。
「…お前は、どうして泣いているのだ?」
その子の怯えた瞳は直らない。
それなのに、私のことを気にかける。
自分のことは言わず。
質問したのは私なのに、私に問いかけてくる。
同じ問いを。