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□空の彼方へ…
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暗く、月明りだけが妖しく大地を照らし包んでいる夜。
その夜が生み出す闇に住まう或る強き生き物は、闇に己の体を潜ませ獲物を狙う。
他の或る弱き生き物は、闇の中で来るべきその時をただ待つしかない。
バサァ…
恐ろしく重たい静寂と冷たいそんな闇の中、聞こえてきた空を切る音と翼を羽ばたかせる音。
それ等はとある城で音を消した。
銀の髪が月下の下、赤い月影を浴びて妖しく輝き、揺れる。
そんな髪を持ち、黒いコートに身を包む青年の周りには何十匹という夥しい数の蝙蝠達の姿が。
「お帰りなさい」
蝙蝠の飛び交う中、青年が鬱陶しそうに乱れた前髪を掻き上げると、ふと後ろから声が聞こえてきた。
彼が手を一度左右に降る。
すると、蝙蝠達は何処かへ翔んでいき、闇の中に姿を消していった。
声の主の方を振り返ると、そこにいたのは獣の耳を持ち、緑髪の背格好のいい青年。
彼は人懐っこい笑みを向けて、近付いて来た。
銀髪の青年の一歩手前で歩を止め、青年の色白い頬に触れる。
「ユーリ、こんなに冷たくなって…。一体どこに行ってたんスか?」
ユーリは心配そうに尋ねるアッシュに何も答えず、ただ温かい彼の掌に頬を押し付け、無言の侭だが珍しく甘えていた。
「凍死したらどうするんスか?」
冗談混じりにアッシュはユーリに笑いながら言った。
が。
「ふふっ。凍死は美しいものだぞ。
己の姿がそのままの形で、何一つ変わることなく永遠に残るのだから」
「なっ…何言ってるんスか!!」
ユーリの台詞に直ぐさま喰らい付き血相を変え、アッシュは両手でユーリの頬を挟みながら叫ぶようにして言った。
どうしてユーリは冗談を本気にして取っちゃうんスか。
などと人狼はぶつぶつ言いながら、ユーリから離した右手で頭を掻いていた。
ユーリはそんなアッシュを見上げ、くすりと静かに笑んだ。
ふと、視界が明るく照らされ、反射的に空を仰ぎ見る。
真っ黒な空に点々と小さな光の粒子が輝き、それより遥かに強い光を放っている、喰われた月が。
どうやら雲の裏に姿を隠していた月や星々が顔出したらしかった。
淡く、赤い光を放つ、闇に喰われ欠けている月が総てを照らし出す。