□chocolate
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「――でね、ユーリっ」





 機械の端末の向こうから聞こえてくる甲高い声に、つい眉根が寄ってしまう。
 知らず知らずの内に漏れてしまった溜息。

 相手に聞こえてしまっただろうかと一瞬焦ったが、どうやら話す事に夢中な彼女には聞こえていなかったらしい。
 今度は安堵の溜息が漏れた。

 それすらも気付かない彼女は、自分の周りで起きた最近の出来事等を楽しそうに、少々片言な口調で話し続けていた。


 かれこれ、約1時間も。


 先程、スマイルが帰ってきて彼とバレンタインデーの話をしたのが約3時間前。
 そして、アッシュの作ってくれた昼食を3人で食べ出したのが約1時間半前。

 昼食を終えた後、間髪入れず自分の携帯に入ってきたのが、この電話。
 相手はダンサーとして今業界に一目置かれている、まだあどけなさの残る少女、ジュディだった。

 珍しい相手から掛かってきたなと思い電話に出てみると、用件はスマイルに言付けを頼みたいとの事だった。

 どうやらスマイルの携帯に何度も掛けたが出ない為、此方に掛けてきたらしかった。


 そういえば部屋に携帯置きっ放しだ。

 そう言って笑う彼を横目でねめつけ、彼女の用件を伺った。




「MZDが急な仕事が入ったから、早く来いって言ってるって伝えて」




 少し早口気味に彼女は言った。

 あまり乗り気ではないスマイルはアッシュに急かされ、仕方ないといった風にバイクに跨がり、MZDが待つ何処かの局に向かっていった。


 そして…今に当たる。


 スマイルへの用件が終われば連鎖的にこの電話も終わるだろうと思っていた自分は、どうやら甘かったらしい。

 そういえば最近どう?という質問から始まり、今は彼女の世間話へと発展していた。
 彼女の明るい口調に飲まれ、電話を切ろうとした指が中途半端にボタンに掛かったままだ。

 まぁ、久し振りの会話だし、いいか。
 と、思い聞き始めてから、約1時間。



 止まらない。



 聞いていて確かに楽しいのだが、1時間も携帯で話したのは初めてだ。

 少々疲れたというのが本音。

 未だ終わりそうにない話に相槌を打ちながら、ふと時計を見遣る。
 そろそろ1時間半が経つ。

 アッシュが注ぎ直してくれた紅茶を口に含む。


 そんな時。





「そういえばユーリは、スマにチョコあげたの?」





 正に不意打ちを食らい、口に含んだ紅茶を吹き出してしまいそうになった。
 軽く出してしまっただろうかと気にする余裕もなく、意識は全て彼女の台詞に向く。




 ――スマに?え?




 何故彼の名が其処で出てくるのかと問おうとすると。




「だって、LOVE LOVEなんでしょ?」




 至極明るく、邪気の全くない声が先に返ってきた。




「タイマーが言ってたよ!」





 今度顔を合わせたら、一発殴ろう。
 問答無用で殴って去ろう。

 それぐらい許されるだろう。


 少々乱れてしまった気持ちを和らげる為に、紅茶をもう一度口に含む。




「そういえば、バレンタインのチョコは手作りの方が気持ちが相手によく伝わるんだってね!」




 ユーリも作ってみたら?


 そう告げて彼女は、もう仕事があるからと慌だしく電話を切った。


 ゆっくりと耳に当てていた携帯を閉じ、それを持った腕を腹の上で落ち着かせる。

 電池を消費し続けた端末が僅かに熱を持っていた。





「…手作り……」





 カップをソーサーに置きながら、呟く。

 それと同時に思い浮かぶ、彼の言葉。





『チョコはおまけでイイ。…気持ちだけで、充分だから』





 彼は、そう言っていた。


 気持ちが欲しい、と。

 自分を想う気持ちが。


 だから、あげた。



 彼の望む気持ちを。



 自分では精一杯あげてやったつもりだ。




 ……けれど。





 アッシュが用意してくれたクッキーを1枚頬張り、携帯をテーブルに置いて立ち上がる。

 アッシュは今、洗濯をしているのだろうか。
 気配を探れば、ダイニング辺りで人狼の気配がした。

 きっとレシピを眺め、料理のレパートリーを増やしたり夕食のメニューを考えたりしているのだろう。




「…たまには、作ってやるか」




 おまけとして。


 くれてやろうとしたものは、自分で食べてしまったから。




 珍しくやる気が出てきて、ユーリはアッシュが寛いでいるであろうダイニングへと足を向けた。





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