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□Sweet Sweet
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いつもの様に、これから始まるであろう仕事に倦怠感を感じながらも自分達に用意された部屋に足を踏み入れる。
と、其処には甘ったるい匂いが充満していた。
●Sweet Sweet●
「ぅわー…。何コレ…」
匂いに噎返りそうになりながらも漸く出てきた第一声が、これ。
第二声を告げる気力は起きてきそうになく、助けを求めるかの様に斜め後ろを振り返る。
明かりに照らされ、いつもより眩い光を放つ銀糸が緩く振られた頭によってさらさらと靡いていた。
「見てのとおり…大量の包みだな」
「や。ぼくが言いたいのは、その中身」
ドアの前で固まっている自分達の脇を抜けて、長身の人狼が小さな包みの載っているテーブルに近付いていった。
どの包みにも可愛らしい包装が施してあり、計20個ほど無造作に置かれていた。
未だに動かないぼくを置いてユーリは何もなかったかの様に、ソファーに腰を下ろす。
その間にもアッシュは包みを一つ手に取り下から覗いていた。
多分、その行動には何の意味はなく、彼は無意識の内にやったのだろう。
事実、包みの下には何の変哲もなかった。
「中身はチョコみたいっスね」
匂いを嗅いだのだろう。
鼻の利く彼が嬉しそうに言った。
部屋に充満している匂いで察しはついていたが、自分より数十倍もの嗅覚を持つ彼が言うのだから確実な筈だ。
はぁと、盛大に溜息を吐き、ふらふらとした足取りで部屋の奥のパイプイスに腰掛ける。
自然と体はアッシュのいるテーブルと、それを挟む様にして置いてある(片方にユーリが寛いでいる)ソファーから離れた場所で落ち着くこととなった。
「あっ。これはユーリ宛てっスね。これは…スマ。あっ、俺にだ」
アッシュが几帳面にも、メンバーの誰に宛てられたものか分けていると、丁度良く挨拶に来たスタッフが包みについて説明していってくれた。
説明と言っても簡単でごく単純なもの。
スタッフの中にDeuilを好いてくれている者がいて、その人達が用意してくれたものだと言うこと。
そして、14日には会えないから、早めではあるがバレンタインデーのチョコレートを今日差し入れてくれたと言うこと。
たったの一分とない説明で終わった。
アッシュがチョコレートを眺め、今開けて食べるかを迷っているのが見えた。
そんな様子を肩越しに眺め、無意識の内に眉根が寄ってしまう。
もう一度、盛大に溜息を一つ。
「…そういえば、お前は甘い物が苦手だったか」
今迄寝入ってしまったのだとばかり思っていたユーリがゆっくりと瞳を開き、スマイルを見て問うた。
確認する様に問うてきた声に振り向くことなく、見飽きたとでも言う様に視線を人狼から白い床に落とす。
さして、興味のなさそうな声で。
「知ってのとおりデス」
とだけ、答えておいた。
別に、甘い食べ物が嫌いという訳ではない。
偶に自分で買って食べることもあれば、城のコックでもあるアッシュが用意してくれたデザートを口にすることもある。
ただ、多くは食べたいと思わないだけ。
口直しに2、3口だけ食べて残すのは失礼なのでいつも平らげてはいるが、あれはあれで十二分なのだ。
況してや、部屋中に籠ったこの甘ったるい匂いでは。
「……吐くっつの」
左手で匂いを払う仕草をしながらそう言えば、ユーリはきょとんとした顔で、そうか?と、また問うてきた。
まぁ、少々甘党の気がある君にしてみれば平気というよりむしろ食をそそるだろうねなどと独りごちてみても何の意味もない。
代わりにユーリの機嫌を損ねさせるには効果的だったようで、彼の拳を頭に頂戴した。
「そんなに食い意地など張っとらん」
「……そう?」
懲りもせず、もう一発。
瘤ができた気がする程じんわりと痛む箇所を撫でれば、微かに凹んでいて、瘤になるなと舌を出した。
そんなことをしていると、スタッフが慌ただしく呼びに来た。
元々仕事着で来ていたので、スタッフに急かされながらもそのまま部屋を後にする。
扉から自分が一番離れた場所に居た為、出るのが最後になってしまった。
何となく部屋を振り返れば、開いて空になった包みが2つテーブルに置いてあるのが目に入った。