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□black rose
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「君ってさぁ、バラに似てるよネ」
ふと、彼にそんなことを言われた。
「何故?」
怪訝な顔でそう尋ねると、透明人間はいつもの、だが少し何か企んでいそうな笑みを浮かべた。
凛とし、毅然としているのに何処か儚げで、脆い。
それでいて、ヒトの心を掴んで放さない妖艶さを持つ、そんな薔薇の様で。
正にそれの如く強い存在感を併せ持つ薔薇に似ている。
「んでもって、必死に足掻いている」
スマイルの邪気の無い笑みとは裏腹に、ユーリの表情は蔭が差し、曇った。
大地に根を張る樹木等は、空に向けてその無数の腕を伸ばす。
決して焦がれる場所に己の腕が届かないことを知りながら。
無駄に必死こいて、触れたがる。
何処までも広く、広大無辺なあの空に。
「私がそんなつまらぬことに拘り、足掻いていると?」
馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い、未だ楽しそうに笑うスマイルから顔を逸らす。
彼はそんなユーリを見て、カラカラと笑った。
「怒ったかい?」
悪かったよと、笑いながら言うスマイルの声には反省の色など欠片もありはしなかった。
横目でちらと反省などしていなさそうな顔で謝ってくる彼を見て、ユーリは小さな溜め息を吐きながら瞳を伏せた。
―――薔薇……
「ならば、ヒトを魅了すると言う私の薔薇は……何色だ?」
スマイルの方を向き、だが顔は俯かせたままユーリは言った。
態と顔全体に血色の悪い色をのせている透明人間はふと黙り、先程迄の笑みを消し、眼を細めて俯くユーリの頭を静かに見詰めた。
この世に存在する薔薇の花は、総て色鮮やかで美しいものばかりだ。
周りの色になど決して負けない程の、個々に美しい色で自らを飾り立てている。
だけれど
だけれど……もし、この私に、私だけの薔薇の花が在るのだとしたら…きっと、私の薔薇は………
「ヤミの色」
不意に聞こえた声にはっとし、考えていたことが急に真っ白になって何処かへ消えていってしまった。
驚きの色を隠せないままユーリがゆっくりと顔を上げると、其処には隻眼を細め、口の端を真横に伸ばし笑むスマイルの顔が。
言葉を失い、いつの間にか彼に見惚れてしまう。
それを知ってか知らずか、彼は一層笑みを濃くして、
「アタリ」
と、一言述べた。
疑問系ではなく、断言で。
彼の意図は、いつだって知れない。
何を考えているのか、何を企んでいるのか。
掴ませてはくれない。
赤い隻眼が楽しそうに揺れた。
「…………」
短い沈黙を破るかの様に、何故か自分の顔に笑みが浮く。
ふと浮かんだそれは、自嘲だったか。
己の顔が見えない自分には知る術が無かった。
「そう…だな…」
暗く、深い…闇の底。
何の…微かな光さえも届かない“闇”。
周りのものはおろか、自分さえも見えなくなってしまう。
総てを飲み込み、何処迄も広がる“闇”。
そんな闇に生き、闇を統べ、闇に染まった自分自身。
私の薔薇も…“闇”に染まっている。
“闇”に染まった此の自分の様に、黒い。
「だが、美しくなど…ない、決して。此の私の様に、醜いだけだ……」
再び俯き、黙り込む。
落とした視線の先で自分の銀糸の髪が重力に従い下へ流れていった。
沈黙だけが、今の場を支配していた。
互いに何も語らず、相手の様子を気配だけで窺う。
不意に。
微かな風が顔に触れた気がして、ユーリが顔を上げようとする。
すると……
暖かな、温もり。
ふと、頬に触れた温もり。
顔を上げれば、其処に在ったのは………自分を見て微笑む、彼の顔。
嘲笑や悪戯なとかそんな類いのものでは決してない、穏やかで優しい微笑み。
「ヤミの色だからこそ、妖艶なんだヨ……。
君に、似てる」
暗く、何も見えない闇の底で咲く、一輪の花。
こんな“闇”色な自分の花。
誰も見向きもせず、手に採らず、摘んでなどくれはしない。
寂しく、孤独に美しく咲く。
だけれど…
だからこそ……
縋る様に見詰めた赫い隻眼が優しく細められた。
だからこそ、
お前は、摘んでくれるのか……?
END