Another Novel

□三日月とアメと
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「――ぃでででッ!!」




 それは結構な勢いで、オレは思わず情けない悲鳴を上げてしまった。
 だって、今のは絶対髪の毛抜けたぞ?!

 オレは涙目のまま、人の髪を容赦なく引っ張った失礼な犯人の顔を見てやろうと顔を上げた。
 けれどそこにあったのは、ビルの隙間、夜空に浮かんでいる小さな三日月で。


 そこには、誰もいなくて。




「…………」




 だけれど、僅かに感じる気配。

 誰もいないはずなのに、確かに、そこに感じる誰かの気配。



 なんだ…?



 首を傾げていたら、ふと、また声が聞こえた。




「…ネェ…?」




 それはやはり、オレの目の前から。

 誰もいないはずなのに。

 オレしかいないはずなのに、
 誰かの声がして。


 オレの前髪が、風もないのに揺れて…、




「……お子サマに、そんな死にたそうな顔は、似合わナイと思うよ…?」




 そっと、オレの頬を一瞬だけ、何かが触れていった。


 誰もいない。
 だが、確実に『誰か』が、そこにいる。




「…………誰だ…?」




 問えば、微かに甘い香りが目前から漂ってきた。
 それは甘い、菓子の匂い。


 オレは何もない空間を、馬鹿みたいにただ見詰め続けていた。

 すると、突如目の前に、三日月が浮かんだ。
 …いや、それは夜空に浮く三日月とは明らかに異なり、何者かの笑みを形作った口だけが見えているようで。






「……サァ…?
 ダレでしょう…」






 ヒヒヒ…と、静かに喉の奥で笑うような、独特な笑い。


 オレは無意識のうちに、誰もいないそこへ手を伸ばし、
 確かに、誰かに触れて。

 その温もりに、何故だか涙が溢れそうになってしまった。




「……ネェ、」




 目前には、オレを嘲笑うかのような2つの三日月。

 1つはただ悠然とオレを見下し、もう一方は揺れながらオレを見下ろす。




「キミは…………死にタイ、の…?」




 そっと、ふわりと、
 その言葉はオレの胸を、深く突き刺した。

 当のオレは、痛いわけでもは悲しいわけでもないのに、ただ壊れたように涙を流すばかり。



 なんで、オレ……泣いてんだろ…。

 わかんないな…。


 だけど、それでも……止まらない。




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