Another Novel

□三日月とアメと
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「………アニキ」




 あの後家へ戻ると、もう支度をしてとっとと仕事先へ向かわなければならない時間だった。

 そんな中、少しバタバタと用意をしていれば、オレが帰ってきてからもずっと不安そうな顔をしていたコウが、小さくオレを呼んだ。
 オレはそんな彼を振り返り、いつものようにニコリと笑ってやる。




「どーした?」

「……」




 顔を覗き込もうとするも、紅い前髪に邪魔をされてうまく窺えない。
 それでも、そっと頭を撫でてやれば、コウはゆっくりと顔を上げて。




「……オレも……働く」




 その瞳は、子供には不似合いなほどに真剣だった。


 きっと、伯母と何を話してきたのかなんてバレてしまっている。

 ヘキもきっと気付いているだろう。
 だから、窺うような眼差しでオレを見詰め、だけど何も訊いてはこないんだろうから。




(……ホント…お前等は……)




 グシャグシャと強引に頭を撫で回せば、コウは顔を真っ赤にしてオレを睨んできた。
 そんな彼に、オレはもう一度笑ってみせて。




「ばーか。兄ちゃんナメんなよ?兄ちゃんな、そのうちすっげー売れちゃうから」

「…ぇ〜…」

「もう既に、気に入ってくれてるお客さんもケッコーいるんだぞぉ?」

「ウッソでぇ〜」




 掻き回された髪を直しながら、コウが生意気な顔をしてぼやく。
 それをまた、これでもかってくらい撫で回してやり、その頭を軽く叩いた。




「兄ちゃんが、稼ぐ。で、お前はちゃんと学校行って、勉強して、それから、ヘキとアッシュを護ってやるんだ」

「……」

「…できねぇの?」

「そんくらいできるっつの」




 バカにすんな!と吠えたコウに、オレは笑いを堪えられなかった。
 だって、あんまりにも頼もしかったから。

 オレを見詰めたその瞳は、純粋で、真っ直ぐな光を宿していて、
 カッコよくて、

 愛おしくて。




「……頼んだぞ?コウ」




 握り拳を合わせ、2人で笑って。

 2人だけの約束。


 家を出たオレの背中に、「アニキのことも護ってやるから」なんて照れ臭そうに言い逃げしていった次男は、本当に頼もしくって。




(…オレは幸福せ者だ…)




 そう……1人呟いた。




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