Another Novel
□三日月とアメと
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「ごめんなアッシュ……兄ちゃん、そろそろ行かないとマジでマズくて…」
「いやだあぁぁっ!!」
とうとうアッシュは本気で泣き出してしまい、オレとヘキは困り果て、顔を見合わせるしかなかった。
そんな時、騒ぎを聞き付けたコウがリビングから渋々やってきて。
「アニキの仕事着、汚してんじゃねーよ」
面倒臭そうにそれだけを言うと、彼はアッシュの首根っこを掴んで無理矢理オレから引き剥がす。
そうして、泣き止まないアッシュはコウに撮まれたままリビングへと連れていかれてしまった。
日常茶飯事になりつつあるそれを、いつものようにオレは申し訳なさいっぱいで見詰める。
可哀相だけど……仕方ないよな…。
「…んじゃ、行ってくるから。夜更かししないで早く寝るんだぞ?
あと、アッシュを泣き止ませといてね」
「わかりました。いってらっしゃい」
「行ってきます」
アッシュの涙で濡れてしまった裾を気にしていたヘキに「乾けば大丈夫だよ」と告げて、今度こそ玄関の外へ。
その際、扉の開閉する音を聞いた末弟が余計に泣き声を上げたのが微かに聞こえたけれど、オレは止まらずに家を後にした。
そうして漸く向かうのは、オレの仕事先。
地球にある夜の街で、異様な明るさを放つそこ。
所謂、ホスト街。
オレはそこにある店で、今、下働きをしている。
…どうしてかって?
そんなこと、決まっている。
働かなければならないから。
(そう…オレが働かなきゃ、オレも、弟達も、食ってけないから)
だってオレ達の両親はもういないんだ。
この世には、何処にも。
…死んで、しまったから。
オレ達を遺して。
それはつい最近の出来事だった。
両親が仲良く出掛けていた時、不運にも、2人は事故に巻き込まれてしまったんだ。
馬車に繋いでいた馬が暴れ、その暴走した馬車が突然2人の背後から迫ってきて、親父はお袋だけでも逃がそうとしたけれど、それすらも間に合わなくて…。
結果2人は跳ね飛ばされ、頭を強打してしまい、ほぼ即死だったらしい。
それなのに、オレが見た2人の遺体は意外なほどに綺麗で、
だから、ただ眠っているようにしか見えなくって。
だけど、触れた2人の身体は異様に固く、冷たくて…。
そこでオレは、
『あぁ…夢ならよかったのに』
そう、思った。
その後弟達3人に、隠してもしょうがないから、酷だけど、ありのままの真実を告げた。
中でも年長のコウは放心したように、ただ俯いて「…そっか」とだけ呟き、
ヘキは泣くのを必死に堪えながら、オレの手を強く握っていた。
だけれど、幼いアッシュだけは理解ができず、それでも普段と違う雰囲気のオレ達に気付いて、不安そうな顔をして。
『……おとうさんとおかあさん……もう、いないの?』
そう呟いた言葉が無性に辛くて、悲しくて、痛くて…、
『――オレはっ、お前達の前から、絶対に、いなくなったりしないからな…っ』
オレは、3人の前で泣くのはこれで最後にしようと固く心に決め、
そこで初めて、
両親の死に、涙した。