M短編
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「秘密じゃよ?」
口元に当てられた人差し指はやけに熱いくせに、向かい合う二人きりの部屋は冷え切っていた。
いつからだったか、ルッチの横柄な態度に堪えきれずカクに洗いざらい相談するようになっていた。
友人でなくなった自分よりずっと親しいカクなら、ルッチの心情も少しは解るのではないかと、そんな心持ちだったのだ。
そう、初めはそんな軽い感覚だ。
毎晩愚痴ばかり零して、それこそカクの方こそ愚痴を吐きたいだろうに。
彼は嫌な顔一つせず、毎晩グラスを傾けながら相槌を打ってくれた。
『不毛じゃな』
どこか嗤いを含んだ物言いが無性に頭に来た。
カクの言うことは的を得ているのに、惨めな自身の立場を嗤われているようで抑えがきかない。
『なら…っ、カクは不毛な俺を救ってくれるのかよ…?!』
今の苦しい身の上を救ってくれるなら、誰でも良かったのかも知れない。
醜くすがりついた姿をいっそ笑ってくれれば良かったのに。
それなのに柔らかく笑んだカクは何も言わず、ただ唇を落とすだけだった。
『秘密じゃよ』
胸が苦しくなったのはきっとカクがあまりに優しかったからだ。
彼は口付けのあと、いつも念を押すように秘密だと告げる。
そんなことを心配しなくても、誰にも口外するつもりはないというのに。
それでも無言で頷くのは、きっと胸に疼くこの気持ちが後ろめたさだけではないからだ。
無視できないその気持ちの大きさに気づいていながら、敢えて知らない振りをした。