M短編

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『好きだ』

力の込められた腕の妙な優しさと耳元に寄せられた吐息の熱っぽさに、深い眩暈を覚えた。

覆い被さるように背後から抱き締められたのは、本当に今し方のことだった。
仕事終わりに長く愛用している工具の手入れをする内に、同僚たちは一人また一人と帰宅していってしまった。

そうして気が付けば、残っていたのは軽口を叩き合う友人と自分の二人だった。
友人はいつも通り寡黙で、彼自身に必要な作業をこなしている。
不意にパウリーは帰らないのかと、問い掛けた。
男性にしては高いパウリーの声を耳に入れた友人は、弾かれたように顔を上げる。
視線が絡んだ瞬間、パウリーはしまったと思った。
何故なら彼はここ数日友人を避けていたからだ。

友人・ルッチがパウリーを見る瞳に熱が篭もっていることに気が付いてしまったのは、何時だったか。
気持ちが悪いだとか、迷惑だとかいう負の感情はない。
むしろ本当に友人としてしか意識したことがないものだから、それ以上の感情を抱いたルッチをどう扱って良いのか解らないのだ。

戸惑いを見せて彼を傷付けるのも嫌だったし、かと言って過剰な期待を持たれても困る。
そうして一方的な気まずさから彼を避け始めてしまい、それから目を合わせることも出来ないでいた。

『パウリー』

名前を呼ばれたことで我に返ると、パウリーの背後にはルッチが立っていた。
彼を抱き締めるという行為付きで。

「ル、ルッチ…!」

堅く交差された腕は震えた手では動かすことも出来ない。
パウリーの焦った声など気にする様子もなく、ルッチの腕の力は強くなっていく。

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