「人も商品か……」

 新世界を蹂躙したコンキスタドーレスは悪逆非道、暴力の限りを尽くしたが、この時代では彼らを悪と判別する者はいなかった。
 スペインにとっては国を豊かにするための正当な行為であるし、欧州諸国にしても嫉妬こそ芽生えたにしろ、倫理に訴えたものではなかったからだ。
 だが、現地人からすれば彼ら征服者は許されざる悪であり憎むべき敵であったのだ。
 アステカの英傑チョチョカラスはスペイン領となった祖国で奴隷解放を目的にゲリラ戦に臨んだのだ。
 そして。
 ソフィアから得た情報によれば、現在、チョチョカラスは宿敵モーガン卿に捕らえられ東アフリカのモザンピークにて幽閉されているという。

「モザンピーク……オスマン帝国の領地じゃなかったかな」
「いや、どうも情勢が変わってきているらしい」

 エミリーの意見に応じて同盟関係にあるハンブルグ王国のウィン・ミラーが口を開く。
 ウィンの話によるとオスマントルコ帝国とスペインは地中海・中東の覇権を巡っての戦端が開いているという。

「ちょっといい? あたしからもよくないニュースがあるよ」

 龍子は捕虜にしたソフィアから聞かされたある事実を話した。

「ポルトガルがスペインの属国になってるって!?」
「そうなんだ。けど、これで最近のスペインの奴らがアフリカ・インド海域に出張ってきている事も納得がいくと思わないか」
「確かにね」

 この情勢、後手に回れば本国の不利になると考えたエミリーは龍子に命じる。

「翔皇艦隊によるモザンピーク攻略を命じます。アステカのチョチョカラスを救出しなさい」
「ああ。あたしも同じことを考えていた。了解だ」

 龍子は出陣を承諾した。


 翔皇艦隊幕僚会議。
 出席者は艦隊司令/翔龍丸船長、吉田龍子。副船長、石川涼美。航海長、パトリシア・ルイス。砲手長、杉浦美月。海兵隊長、近藤真琴。甲板長、六角葉月。
 天翔丸船長、葛城早苗。天翔丸副船長、氷室紫月。翔陽船長、藤原和美。翔波船長、北条沙希。王双船長、ブリジット・ウォン。海魔船長、村上千春。

「モザンピークか。へっ、面白そうじゃねぇかよ」
「そういきり立つな。相手は東アフリカ最大の港と噂高い街なんだぞ」
「はんっ。……北条の姫さんは臆病モンかよ。いい加減お姫様気分はやめてくんねぇと迷惑なんだよ!」

 元は日本から差し向けられた追っ手であった北条沙希姫と瀬戸内海賊の村上姉妹はウォン一家と共に龍子の敵だった。以前は雇い主と雇われ人だったが、ここでは龍子の部下……つまりは同僚、対等である。そんなわけでよく対立する。

「ふたりとも〜、あんまり騒ぐと……」

 沙希と千春の頭がガシリと捕まれる。強引に後ろを向かされる。

「副司令!?」
「涼美!?」
「な〜か〜よ〜く〜」

 涼美がにこやかな笑みを浮かべている。目が笑っていない。

「は、はひっ!!」

 ギリギリと万力のように頭を締め付けられた沙希と千春は壊れた人形のように首を縦に振った。

「スズミだけは敵にしたくないヨ」
「だね」

 ブリジットと和美はああはなりたくないと頷き合った。

「本題にはいるぞ。このモザンピーク攻略において一番やっかいなのは駐留している艦隊の存在。東アフリカ警備艦隊程度なら警戒すべき事もない」

 龍子は意見がある者はないかと幕僚を見渡す。

「なるほど。アステカの英雄チョチョカラスを護送してきた艦隊が問題になるということですね」
「スペイン帝国最強にして最悪の私掠艦隊、あのクリス・モーガンが率いる艦隊です。彼のモーガン艦隊の規模は我が翔皇艦隊を上回り、噂によれば新式の大砲を装備しているとか」
「占いによれば五分五分。どちらに転んでもおかしくない」
「街から引き離さなければ勝機を得るのは難しいですね」
「相手もその優位をわかってるから容易に陽動には応じないだろう」

 早苗と美月の発言を皮きりに紫月、真琴、パットと意見を飛び交わせる。

「あ〜ちょっといいかい。その手ならない事もないよ〜」
「葉月さ〜ん、どうぞ〜」
「ミラー提督から聞いたんだけどあたしら翔皇を狙ってる東洋連邦軍って艦隊がいるんだってさ。んで、そいつらをおびき出して、あたしらの代わりに街に近づいてもらってさ、陽動してもらわないかい」
「情報操作で位置を指定する事は可能かもしれませんが、相手がノッてくるとは思いませんが」
「大丈夫だよ、みっち。東洋の標的は北条の姫さんだからねぇ」
「私を?」
「なんでも婚姻間近に行方不明なったアンタが生きているって噂がたって、嫁ぎ先の伊達家が面目を正すために遠征船団を組んだって話さ。だから、それを利用すんのさ。名案だろ?」

 沙希は嫌な顔をするが、すぐに真顔になり、龍子の目を見て大きく頷いた。

「よし! 同胞には悪いがその作戦を用いる。東洋連邦軍には世界の海に出た教訓を身体で学んでもらうとしよう」

 龍子の言葉に翔皇艦隊の仲間たちはモザンピーク攻略に向けて動きだした。


 罠に掛けられ囮となった東洋連邦軍の奮闘により見事に葉月の策は成り、翔皇艦隊のモザンピーク攻略は成功した。
 アステカの英雄チョチョカラスは助けだされ、保護されていたデスピナらと再会を果たした。
 けたたましい警鐘が鳴り響く。
 スペイン艦隊が戻ってきたのだ。
 龍子はモザンピーク防衛指揮をチョチョカラスに任せると、翔皇艦隊を出港させた。


「姑息な盗人共め」

 クリス・モーガンは街の前に展開する敵艦隊を見据える。

「クリス、東洋の連中も手を貸す言うてんだけど」
「なら、一番被害の残る船を与えてやれ。よほど自信があるのだろうからな」
「おもろい事言うわ、提督は。OK。手配すんわ」

 クリスは東洋連邦軍の事など歯牙にもかけていない。盾ぐらいになればいい。足を止めたら敵もろとも海の藻屑にしてやるだけ。

「モザンピークの射程外に展開。カルバリン砲の射角を最大射程で準備。奴等を港に釘づけにしたまま沈めてやる」
「アイサー!」

 モーガン艦隊は臨戦体勢を整えた。


 そして、戦端は開く。
 アフリカ・インド方面の覇権を賭けた大海戦がここに勃発した。

「風向きも計算に入れていますね、あちらは」
「……撃てない?……」
「ええ。こちらの新型砲・龍涼砲は船体側面ではなく船首にありますから迂闊に反撃できません」
「炸裂弾装填。目標、前射角海面に弾幕張れぇー!」

 美月、なぎさ、和希の三人が奮闘し、艦隊への被害を最小限に止める。

「今は耐えるんだ。風は必ず変わる」
「なんだかんだ言ってもあの連中ならうまくやるさ。あたしらが踏張ればモーガンも油断するはず。気張りなよ、みんな!」

 パットと葉月の檄に手下たちも気合いを入れる。

 その頃、スペイン艦隊が布陣する海域の死角、島の影より現れ突き進む船団があり。東洋連邦軍を罠にかけた北条と村上の快速戦隊である。

「龍涼砲構え。照準、敵船団中央! 撃てぇー!!」

 沙希の命令で新型の二連装カノン砲から爆裂弾が吐き出された。
 翔波と海魔は突撃艦であり、どの艦よりも頑丈で攻撃力を重視した設計されている。砲塔数も艦の大きさの割りには多い。特に船首を向けて進撃する際の破壊力は凄まじい。

「速度を上げろォー! どてっ腹に喰らいつけ!」
「おうよ! 海賊の戦い方を見せてやるぜ!」

 村上姉妹が吠える。と同時に船体に衝撃。次いでバリバリと板が割れる音が心地よく響きわたる。
 砲撃を受けて半壊していたスペイン艦が真っ二つに割れ、その残骸の中から砲弾が放たれた。
 味方の艦からの砲撃。その砲弾は被弾した艦の弾薬庫を焼き火花を散らす。
 スペイン艦隊の戦列は完全に乱れた。


「(勝ったな!) 涼美、動くぞ! 信号弾を放て!葛城分隊と分かれ、敵を街へ追い込む!」
「はいは〜い」

 龍子の号令で翔皇艦隊の反撃が始まる。

「合図だ。紫月、敵の進路を塞ぐぞ」
「わかった」

 統制を失ったスペイン船を街へ追い込むため、天翔丸は大きく回りこんだ。


「撤退や! この海域を離脱するんや!」

 レミーの号令でモーガン艦隊は南下、モザンピーク海域から離脱していった。

「翔皇海賊め、この屈辱は忘れんぞ」


 戦闘終了後、モザンピークでは戦勝の大宴会が行なわれた。

「今夜は無礼講だ!」
「おおぉー!」

 街の人間も入り乱れるこの宴に船を失った東洋連邦軍の面々が混ざっていたとかなんとか。
 こうして、一つの戦いが幕を閉じた。


《翔皇の海賊記より抜粋》

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