【レッスル航海時代】

 15世紀後期、日本はまさに戦国期へと突入。日本人が世界最強の戦闘民族へと昇華しようとする――そんな時代の物語。
 時は天文二十三年、織田信長の叔父・織田信光が尾張守護斯波義統を騙し討ちにしたという事件があった。斯波家に仕えていた忠義の志は嫡子義銀と姫を落ち延びさせた。義銀は信長を頼ったが姫は海路を使い堺へと逃がされた。
 姫は堺で暮らすようになったが、あるとき商家に匿われて暮らす英国人ネルソン卿と仲間たちと知り合った。彼らから大航海時代の冒険譚を聞き及ぶに至った姫は遠い異国へ思いを巡らすようになる。
 やがて、帰国を望む彼らとともに世界の海に乗り出す夢を抱く。

 一年と七ヵ月が過ぎた。
 様々な事があった。
 海へ出るために新しい世界の海を往くための船を造る必要があった。その資金を稼ぐため、瀬戸内や志摩の海賊を討伐したり、中国の私掠船団との対立を経て、船乗りの経験と資金を得るに至った。
 姫たちの船は英国人の船大工クロフォードの指揮の下造船されたのは、当時の主流であったキャラック型帆船。日本の安宅船ではなかった。
 船は三隻造られた。遠洋航海において船団を組むのは必然であった。とはいえ、旗艦・翔龍は戦闘艦として設計されていたが、僚艦である翔陽と翔波は物資輸送を目的としていたため戦闘では逃げるしかない。だから快速船仕様に設計されていた。
 弘治二年、美濃の蝮こと斎藤道三が戦死した年、斯波の姫率いる翔皇遠征隊は遥か英国の地を目指して境の港を出航した。



 瞬く間に二十年の月日がたっていた。
 天正四年(1576)、織田信長が安土城を完成させた年――インドはセイロン島を拠点とするネルソン商会で働く幾人もの日本人女性の姿が見られた。
 そう、彼女らこそは、大航海時代に名乗りをあげた斯波の姫一行の子供たちであった。
 ネルソン商会とは表向きは香料や貴金属を祖国へと運ぶ商隊であるが、真の姿は英国の敵スペインに的を絞った私掠艦隊なのだ。


「リュウコ、いるかい」

 自室で休んでいた姫の娘こと吉田龍子は訪ねてきた航海士パトリシア・ルイスを出迎えた。パットはネルソン提督からの指令書を携えていた。

「……奴等も必死か」
「新世界で十分に肥太ってる豚共の欲はつきないってことさ。ポルトガルはいい加減悟ったろ、アタシらに手を出せばどうなるか」
「違いないな。涼美には伝えたのか?」
「ここに来る前に会った。もう翔龍丸に向かってるだろう。そうそう、全員に召集をかけておいたからな」

 パットは言いながら扉に手を掛ける。

「アタシも先に行くよ、提督。新しい船に慣れたいんでね」

 龍子もベッドから立ち上がる。壁にかけてあったハンガーからジャケットを外し袖を通す。

「スペイン無敵艦隊など過去の名声だと思い知らせてやる!」


 十年の歳月をかけて英国への帰還を果たしたネルソン提督と初めて英国に渡った姫たちは女王に迎え入れられた。そして、ジリ貧な英国を潤すため、ネルソン一族と姫たちは東洋航路の確保の密命を命ぜられる。彼女達は戦い続け、騎士侯にまでなった。いつしか彼女らは《翔皇》と呼び讃えられた。

 翔龍丸――英国のエリザベス女王陛下から賜った新型のガレオン級帆船。二代目翔皇・龍子が指揮を執る戦艦だ。
 先代翔皇こと斯波の姫はスペインのモーガン艦隊との死闘に辛くも勝利したものの、凱旋中に中国からの追っ手ウォン一家の待ち伏せに遭遇し、帰らぬ人となった。母の訃報を知った龍子はネルソン卿経由で女王陛下から贈られたガレオン級を旗艦とした船団で出撃。圧倒的武力を以てウォン一家を壊滅させた。
 吉田龍子提督の英雄譚はこの海戦の日より書き綴られている。

 英国が誇る戦艦隊《翔皇艦隊》はガレオン級戦艦二隻(翔龍丸/天翔丸)を軸としキャラック級四隻(翔陽/翔波/王双/海魔)他輸送船のナオ級四隻で構成された船団だ。戦艦隊の規模としては小さいが、この年代頃はまだキャラックがほとんどだったからガレオンを要しているだけに脅威の存在だった。
 敵対国スペインや中国、東洋航路獲得において争ったポルトガルからは畏怖を込めて《翔皇海賊団》と呼ばれているらしい。


 セイロンを出航した《翔皇艦隊》は進路を西にとる。ネルソン商会を仕切るエミリー・ネルソンはアフリカからインドに至る航路で海賊が出没しているという情報を得、龍子に調査を命じたのだ。もちろん、事実なら撃破するようにと。

「翔陽から合図だ。前方に火の手アリ。交戦中だってさ」

 甲板長の六角葉月が酒瓶片手に報告する。同時に見張り台にいる僚斗からも確認したと報せが降ってきた。

「あたしらの旗を掲げろ。突っ込むぞ!」
「アイサー!」

 英国旗が下ろされ代わりに掲げられる翔皇の旗。盾を貫く日本刀を抱くような翼が描かれた海賊旗。

「天翔丸に合図を! 目標船団を挟みこむぞ! パット、合わせろよ」
「任せな、提督」

 航海長のパットは操舵手の鏡 明日香に声をかけ、帆頭のソフィー・シエラに合図をおくり速度を上げさせる。

「美月、タイミングは任せる。なぎさ、味方には当てるなよ!」
「……ボ、ボクは」

 砲手長を任されている三人組(杉浦美月&ノエル白石&相羽和希)は応と頷く。一瞬出遅れた和希も大きな声で部下たちを鼓舞。

「真琴、いつでもいけるように待機しておけ!」
「わかりました」

 海兵長の近藤真琴は部下を見回し檄をとばしていることだろう。

 距離が縮まり、戦闘の音が聞こえるほどになってきていた。

「(うまくやってくれよ、葛城、ブリジッド)……涼美、初撃は頼む!」
「任されました〜。いきますよー!」

 翔龍丸副長の石川涼美が船首甲板に仁王立つ。右手には丸太のような槍を持って。そのまま甲板先端に設置されている超大型の弩に歩み寄ると槍のような太矢をつがえ力一杯引き絞る。近くで待機していた船医の小川ひかるが手早く布を巻き油をしみ込ませ火をつける。

「せーの。とんでけー!」

 涼美の放った矢を合図に戦闘に乱入した。


「なによ! なんなのよ! あと一歩のとこで!!」

 自分の勝ち星を増やす邪魔をされヒステリックに叫ぶスペイン商隊のソフィア・リチャーズ提督。

「提督、海賊です! 悪名高し翔皇の」

 報告にきた部下が最後まで言葉を告げることはできなかった。折れたマストが落ちてきて下敷きになっていたのだから。マストを折ったのは巨大な火矢。

「翔皇ですって!? なんでこの海域にいるのよ?」
「あうぅ……、ごめんなさい……」

 航海士のジーナがオロオロする。ソフィアが睨む。

「まさか……」
「羅針盤読み違えてインド近くまできちゃった」
「このバカァーー!」

 提督の憤怒に呼応したのか船体が大きく揺れた。
 気付けば僚船は悉く拿捕され、残る自分達のいる旗艦のみ。

「白兵戦用意! スペインの意地を見せてやるわ!」

 一方、商隊とはいえスペイン船団とわかり容赦なく仕掛けた翔皇艦隊は奇襲に成功し、この乱戦の勝利に王手をかけた。
 スペイン商隊に襲われていたのボロボロの旧式船ばかり。接収を始めているので詳しい事情もわかるだろう。

「本艦と天翔丸は敵の退路に陣する。いつでも砲撃できるようにしておけ」
「アイサー」

 龍子はその必要はないと判断していだ。そう、リチャーズの船は白兵突撃を目的とした快速船・王双に制圧されていたのだから。

「姉様、あのクソ煩い女、殺さなくていいアルか?」
「生かしておいても百害あって一利ないだろうネ。でも、決めるのは大将だ。アタシらじゃないのさ」
「アイアイ。船倉にでも放り込んでおくアル」

 王双を任されていたのは母の仇である王一族の忘れ形見の姉妹ブリジットとシンディー。あの戦いで一族を許し命を救ってくれた龍子に忠誠を誓っている。

「さあ、勝鬨をあげるヨ。えいえいおー!!」


 拿補した船と船員、接収した荷と救出した人々を連れてセイロンに凱旋した龍子は捕虜のソフィアとジーナを連れてネルソン商会の商館を訪れた。
 捕虜のソフィアはジーナが止めるのもかまわず聞きたい事、聞かなくてもいい事まで罵詈雑言をおまけに話したという。

後半へ続く。

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