04/13の日記

13:17
まこみつ翔女生活F
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※Nさんのお題SSぽいカンジになりました。

 必殺技


「真琴先輩は拳での勝利にこだわっているように思うのですが、何故なんですか?」
 翔女での生活にも慣れてきたある日、杉浦美月はパソコンを前にそんな事を口にした。
「そうだったかな」
「口癖になってるじゃないですか」
「意識してないから」
「無意識なら尚更です」
 問い掛けられた近藤真琴は困ったように笑う。そんな真琴を軽く睨んだ美月も苦笑する。
「キックボクシング時代の真琴先輩の決め技は蹴り技だったのに、プロレスラーになられてからは拳技ばかりです。それで勝ちを得ているなら問題はないのでしょうが」
 そこで眼鏡の端に指を添え位置を直す美月。上目遣いに真琴見つめる。
「むしろ敗因に繋がっています。真琴先輩の技へのこだわりが、逆に読み切られてしまっているんです。だからカウンターをくらいやすいんです」
 どうですか、と美月はデータから分析できる真琴のパターンを伝える。
「…………わかってる。いや、わかってた、かな」
「真琴先輩」
 真琴の口から乾いた笑いが洩れる。
「僚……神名取締役にも訊かれてるんだ、実は。あたしが蹴りを封じている理由を、ね」
「理由?」
「あたしは……妬いてるんだ、きっと。遥の才能に。あたしをスカウトに来た日に遥も声を掛けられた。テストに一緒に受かって、仲良くなって、一緒に練習して、デビューして、同じスタートを切っていたのに――実戦の長があったあたしを遥はあっさり越えていった。遥は打撃のセンスがいい。特に蹴りの才は凄い。勝てるわけがない。そんな事を考えてしまった。くだらない。そんな理由を――心配してくれる。期待してくれる。あの人に! 言えるわけないだろ!!」
 淡々と自嘲的に語られていた声音が震え、最後の方には吠えていた。目をつぶると溜まっていた涙が零れだす。
「私には話せるんですか」
「データに嘘はないんだろう」
 真琴の告白を覚めた表情で見つめていた美月は立ち上がると足早に近づいて――。
「ふざけるな!」
 室内に乾いた音が響いていた。
「……ふざけないでください。私を失望させないでください」
 美月は真琴の頬を張った姿勢のままに睨みつけていた。
 左頬が赤みを帯びる。
 後輩に殴られた。その事実に怒るよりも、呆然となった。
 美月の瞳からも涙が零れていたから。
「……美月」
 弱音を、隠していた暗い心の内を、デビューまもない後輩にみせてしまった情けない先輩に呆れたのか。
 違う。
 美月は叱責している。弱気な真琴を励まそうとしている。
「挫けそうになっても、つまづいても、倒れても、みっともなくあがいてあがき抜いて、前に進む。自分の弱さを強さに変えられる――それが、貴女です。だから! 私の大好きな真琴さんは」
 ――勝つんです!
 美月の宣言。
 冷静で、感情を表に出さず、淡々とした口調が印象的な後輩にも、こんな熱い心があった。
 嬉しい。素直にそう感じた。美月が、自分を思ってくれることが真琴には嬉しかった。
「誉められてる気がしないよ」
「誉めてなんかいませんから、当然です」
 二人、顔を見合わせて笑う。明るさを取り戻したいつもの笑顔だ。
「拳のこだわりを捨てずに勝てるかな」
「勝てる確率をあげましょう。大丈夫です。真琴さんには実戦の長があるんですから」
 その日の夜から真琴と美月の秘密特訓が始まった。

 そして――。
 二ヵ月ぶりに伊達 遥との試合が組まれ、対峙する遥と真琴。
 真琴のセコンドについた美月や途中から特訓に付き合った相羽和希、ノエル白石の二人もリング下から応援する。

「いい表情(かお)してるね。初めて会った頃を思い出すな」
 リング中央で久しぶりの会話。遥は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「遥、今日は楽しもう」
 初めて会った日に遥にしたように右手を差し出す。
「うん。真琴ちゃん」
 自分の右手でしっかりと握る。
 固い握手。離して互いの手を叩き合う。
 コーナーに分かれる。
 友から闘士へと気持ちを変えてゆく。
 向かい合い、静かに息を整える。
 ゴングが鳴った。

 試合は一進一退。
 打撃と打撃。
 互いに譲らず、隙あらば鋭い一撃を放つ。
 プロレスの手数では下地のない伊達が上回る。が、近藤も洗練された鋭い打撃にプロレスの練習で培った重さを加えている。
 プロレスラーの伊達とキックボクサーの近藤の意地がリングの上でぶつかっていた。
「ここが勝機!」
 伊達が動いた。立ち上がろうとした近藤の膝を踏み台に不死鳥の爪で襲い掛かった。
「くはっ!?」
 近藤は避ける間もなくリングに再び倒れる。
 いち早く立ち上がった伊達は近藤の髪を掴んで引きずり起こす。
「おおおぉぉぉーーっ」
 伊達の膝が近藤の腹を打ちつける。連発する膝の一撃に近藤の顔が歪む。
 ぐらり。
 伊達から解放された近藤がふらつく。
「まだだ!」
 近藤、辛うじて踏み止まる。それを見て、伊達は近藤の意識を刈り取る隠し技を放った。
 顎を下方から打ち抜く上段蹴り。タッグパートナーである南 利美に付き合ってもらって完成させた『フェニックスセイバー(不死鳥の剣)』であった。確実な勝利を獲るために身につけた必殺技。練習とはいえ南を昏倒させたこの蹴りは確実に近藤の意識を刈り取っただろう。
 ふらり。ゆっくりと近藤の身体が倒れてゆく。決まってしまうのか。
 だが。
「……ま……まだだ……」
 踏み止まった。実戦の長――闘いの本能が、近藤を支配していた。
「……嘘」
 一瞬、伊達の動きが止まった。恐怖がよぎった。
「はああぁぁぁ!」
 近藤がフットワークを駆使して伊達の懐深く入り込んだ。
 下段、中段、上段への蹴りが反応した伊達のガードを悉く打ち崩す。そして、ガードを破った近藤は反動をつけた裏拳を側頭部に放った。
「決まった。SBF(サイクロン・ブリッド・フォース)!」
「……いけ……」
「決めてください! 真琴さん!!」
 和希が、ノエルが、美月がその瞬間を待つ。
「これで決める!!」
 何が起こったか理解できない表情をした無防備な伊達にさらなる追撃が放たれた。
 近藤の持てる打撃技の全てを組み合わせた嵐のような乱舞――ローキック、膝蹴り、掌打、ミドルキック、ハイキック、踵落とし、裏拳――が伊達を沈めた。

「只今の試合、SBS(サイクロン・ブリッド・セブン)からの体固めで近藤真琴選手の勝利です!」

 ――勝った?
 自分の下にいる遥を不思議そうに真琴は見ていた。
「真琴さん。真琴さん。真琴さん」
「美月?」
「真琴さんの勝ちです。さあ、応援してくださった皆さんにお礼を」
 美月に支えられて立った真琴の手をレフェリーは高々とあげた。
 ファンの声援が心地よかった。
「……プロレス……やってよかった」
 名を呼ばれた。南に支えられた遥からだった。
「……楽しかった。次は負けない」
「こっちの台詞よ」
 そうして、二人は笑いあって固い握手を交わした。
 真琴は――ファンに、後輩たちに、何より遥に深く感謝した。

「あきらめない図太さがあれば、もう負けない」


後記、
なんかライバル+必殺技なお話になってしまいましたな。
美月の真琴の呼び方が『真琴先輩』から感情を爆発させた辺りから『真琴さん』に変わってます。以後は先輩とは呼ばなくなります。
ちなみに和希は『マコ先輩』から『マコさん』、ノエルは『真琴』と呼びます。

ではでは。

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