Short Story

□世界創成の裏側
1ページ/1ページ




「──それは記録と称するべきか、はたまた記憶と称するべきか。そんなことは、誰に聞いたってわかりはしないのだけど。
 最初。ボクが初めて目にした物は、形容しがたい色をした、敢えていうならそれは…そう、血や闇といった暗い色を混ぜこぜにしたぐちゃぐちゃとした物だった。…いや、『物』と称するのはおかしいかもしれないけど。かといって、他に形容しうる言葉もないんだよね。とにかく、汚泥のような『それ』の中、ボクは存在していた。
 その中で、ボクはボクのことを考えてた。ボクは初めて、思考、という行為をした。不思議なのは、生まれたばかりのボクは、思考しうる状態だった、ということ。ボクはこれが生まれた時の姿であり、またこれが完全形だ。時が過ぎても、ボクはこのまま。何一つ変わらない。…まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど。
 ボクはね、自分が何をしなければいけないのか、知っていた気がする。だから、とりあえず自分の体を傷付けてみた。そしたら二滴の血が流れて、その血に周りのぐちゃぐちゃしたもの──仮に混沌としようか。その混沌がまとわりついた。で、其処から時と空間が生まれた。彼らはまだ幼かった。それにその目は、人形のように何も映してなかった。だから次にボクのしたことは、することは、彼らを個体として自立させること。そこからボクは、髪を三本抜いた。そしたらまた混沌がそれにまとわりついて、意思と、感情と、知識が生まれた。彼らが生まれて、ようやく時と空間が生まれたんだと思う。混沌はあと少ししか残ってなくて、それも暫くしてから消えてた。詳しくは知らないけど、それから悪夢の彼が生まれたんだろうね。
 話を戻すよ。それから時間と空間は、ゆったりと自分の成すべきことをしていった。時間を規則正しく動かし、空間を寸分の狂いなく保つ。それらが彼らのやるべき事なんだ。それから、広がった空間でさまざまな物が生まれた。生まれた物は、時間に則って時代とか歴史を作った。
 ボクは嬉しかった。だってボクしか存在しなかった世界に、ボク以外のたくさんのものが生まれたんだ。残念ながらボクは時間と空間が生まれる前に生まれた存在だから、他の皆とは何もかも違っているけど、それでも見守っていこうと思ったんだ。
 …でも、でもさ、やっぱり皆と違うってダメなんだよね。ボクが時間と空間を生み出して、ボクが意思と感情と知識を生み出したわけだけど、ボクはそれだけの為に生まれたんだ。それが終わったら、ボクって要らない存在なんだよ。
 …ある時、ボクが世界を巡っていた時、一人の若者がボクに槍を向けた。彼は普通の、何処にでもありふれた命だったけど、ボクは彼の一言に、…うん…なんていうのかな…気付いたというか、ね。彼はね、ボクに『貴方が全てを創造したということは、貴方が全てを破壊出来るということではないのか』って言ってきたんだ。破壊も作れるんじゃないか、って。馬鹿な話だよねぇ、ボクはたった五つの命を生み出しただけなのに。それも、混沌がない今では、ボクはただの一つの命だっていうのに。でも、彼の一言で、ボクは皆から恐れられるようになったんだ。皆、ボクを見たら逃げてくんだよ。時々、武器を向けられることもあったんだ。悲しかったなぁ。
 だからボクは、もうあの世界には居られないって、もう皆が怖がる姿を見たくないって、…もう、あんな目で見られたくないって、思って、逃げたんだ。空間の外側、時間の外側、裂け目を作って逃げたんだ。
 そしたら、ギラティナ、君の居るこの世界についたんだよ」



 彼の長い長い話は、彼が私を見つめ唇を閉ざした事で終止符を打たれた。私はその視線を受け止め、また見つめ返していた。
 そして私は、気付けば、泣きそうに笑う彼を抱き締めていた。一瞬だけ強ばった肩を抱けば、すぐに震え出す彼に、私は腕の力を一層強くした。



「…貴方が傷付いたのなら、それは記録ではなく、確かな記憶だと、私は思います。だからアルセウス、どうか自分を殺さないで下さい」



 震える彼の額に一つだけ口付ければ、彼は一滴、綺麗な涙を溢した。



世界創成の裏側
(貴方が作った世界が貴方を拒絶しようとも)(それは、貴方が死んでいい理由にはならない)



20090406 aruku


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ