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□作戦
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及川サンが変だ。
変なのはいつもだけど、今日は何時にも増して変だ。
こう言っては何だけど、真に不本意ながら、私は普段この青葉城西全ての及川ファンを敵に回すほど及川徹に気に入られ、付き纏われている。
普段なら私を見つけた時点で、


『あっ悠チャン!やったよ俺悠チャン探し出してから2分で悠チャンのこと見つけられたよ凄くない!?さっすが俺だよネ☆毎日悠チャン探しながら生きてるからそろそろ悠チャン探しスキルが目に見える形で現れそうじゃない?あっそうそう、今日のお昼一緒に食べないかなって話をしに来たんだった!悠チャンの好きな飲み物買ってあげるからお願い!だけど午後サボって一緒にデートも良いよね!新しく出来たケーキ屋さんってもう行った?あそこのチーズケーキ美味しいって評判…ってあれ、ねえねえちょっと聞いてる悠チャン?ねーえー』


と、この様な事を一息で言いながら全力で向かって来て、教室に入ろうが椅子に座って授業の準備をしてようがずっと喋りっぱなしなのにだ。
今日の及川サンはどうしたんだか、凄く変。


「あ、櫻井さんおはよう」


「おはよう及川サン…頭打った?」


朝、何事も無く登校して、朝練の為に着替えて体育館に入ったら普通に挨拶された。
しかも名前から苗字にクラスチェンジと来た。
世間一般的には普通だけど、普通じゃない。


「別に何処も打ってないよ?」


「じゃあ、変なものでも拾って食べた?」


「食べてないよー」


けらけら笑う及川サンを見ながら、普通だ、変だ、大人しい、どうした。この四つの単語が頭の中でぐるぐるしている。
見たところ頭や首に傷も無いし、やっぱり何か怪しげな物でも食べたんじゃないだろうか。


「オハヨ、変な顔してっけど何した?」


「あ、岩ちゃんおはよう…いや、うん…ちょっと後で話がしたいんだけど」


「おー、昼休みで良いか?」


「うん」


丁度体育館に入ってきた岩ちゃんが複雑な表情をしている私に話しかけ、何か知ってるかもしれないし…と及川サンが変な事について話そうと約束を取り付ける。


「…なあに?」


「いえ別に」


普段だったら、岩ちゃんと二人で何話すのねえ二人っきりだよ解ってるの悠チャン男は皆狼なんだよ岩ちゃんと二人っきりなんて危険だよいくら幼馴染だって言っても悠チャンはその危険性をわかってないよ俺も行く!ってなるのにこの反応だ。


「さ!朝練始めるよー!」


そう言って爽やかにコートへと向かっていく及川サンを見ながら、もやもやしながら朝練のサポートをする為に動き出した。







そして昼休み。
もやもやを抱えたまま午前中の授業を終え(あんまり集中できなかった)、お弁当を持って屋上へと続く階段を登っていく。


「うーん…」


廊下に出た時にチラっと及川サンを見かけたけど、彼は自分のクラスメイトと楽しげに話していて、こちらにはちらりとも目をくれなかった。
普段なら以下略。


「…おかしい」


こうも接触がないと、平和だけど非常に違和感を感じるな…と思いながら屋上の扉を開けると、そこには既に岩ちゃんの姿があった。


「あ、岩ちゃん早いね」


「4限が早く終わったんでな」


屋上端のフェンスに寄りかかって座っている岩ちゃんは、購買で買ったであろう惣菜パンを白い袋から取り出しながら言った。


「で、何だ話って」


「何か今日、朝から及川サンが変なんだけど…心当たりとかある?変なものでも拾って食べたとか、車に撥ねられてたとか、階段から落ちてたとか」


岩ちゃんの前に座り、お弁当を取り出しながら及川サンの奇行について話を切り出す。


「あ?あー…そういや、朝練は変に空回ってたし、悠の近くに及川見てねェな」


「それどころか名前呼びから苗字呼びにクラスチェンジしてるんですけど」


平和で良いんだけど、なんか違和感があるっていうかもやもやするっていうか…ともごもご言うと、岩ちゃんも頭に疑問符を浮かべているようで、パンをもそもそ食べながら答える。


「悠以外の奴に心変わりでもしたんじゃねえの?」


「特定の誰かに付き纏ってるの見てないんだこれが」


「ああ…じゃあマジでどっか打ったかもしんねえな」


昨日練習終わってから、朝練までの間に及川サンに何が起きたのか凄く知りたい。
もしかしたら宇宙人に攫われて脳改造受けてきたのかも、という極論に達した時、屋上の扉が開いて花巻くんがひょこりと屋上に姿を現した。


「お、お二人さん発見。俺も一緒に飯食っていい?」


「おー」


「珍しいね、いーよー。ねえ、花巻くん今日の及川サンについてどう思うよ?」


「変」


スパッと言い切った花巻くんが私と岩ちゃんの斜め前に座り、持っていた袋からパンとジュースを取り出し、小声で続けた。


「まあ、理由はわかってるんだけどさ」


「あ?花巻お前何か知ってんのか?」


「ぜひそれ教えて」


こちらも小声で返すと、花巻くんはいいよ、と小声で言って笑ってから教えてくれた。笑顔が素敵なんだ花巻くんは。


「あいつね、悠ちゃんが中々振り向いてくれないからって、押してダメなら引いてみろ作戦やってるらしいぜ」


押してダメなら引いてみろ作戦。
花巻くんから放たれたその意外な言葉に、意外ながらもあっけないほど簡単に納得した。
見ると、隣の岩ちゃんも同じく納得したように頷いている。


「ああ…それで朝から変なのね」


「そうそう、だけど今はこの下の教室で聞き耳立ててるよ。『一日接触しないなんて…!自分で決めた事とはいえせめて悠チャンの声だけでも聞かないと及川サン真面目に死んじゃう』って言ってたしな」


「ああ…目に浮かぶわそれ」


「そこは普通だな。だから小声で話してんのか」


「そゆこと。でもこのまま午後練行ってもあいつ使えないだろうし、困るっつー訳で、俺が此処まで来たって訳」


こそりと言った花巻くんに、朝練も妙に空回ってた及川サンは、このままなら確かに午後も依然好転はしないかなと思案する。


「にしても、花巻くんがどう打開するつもり?何か良い案でもあるの?」


「アイツ意地張ってっと面倒なの知ってんだろ?何するつもりだ」


私と岩ちゃんの疑問を受け止めた花巻くんは、小さく笑って答えた。


「多分悠ちゃんに1回接触すれば直ると思うから、荒療治を。つーわけで話、合わせてな」


「ん?」


首を傾げた私の前で、すうっと息を吸った花巻くんが先程よりは大きな声で喋り始める。


「今日は及川居ないから堂々と悠ちゃんと話せていいわ。ねえ悠ちゃん、今日部活終わったら俺と帰らない?ちょっとデートしようよ」


「!…いいよー。及川サン居ないし、偶には一緒に帰ろうか」


「おー、それが良いな。俺は今日用事があるから、及川も居ないなら花巻に送ってもらえよ」


喋り出した花巻くんの意図を汲み取り、それに乗って会話する。
目配せした岩ちゃんもそれを感じたようで、適当に話を合わせてくれたと思った瞬間に下の階から、がごしゃん!という音が聞こえた。
多分あれだ、机なぎ倒したんだなって音。


「…成功かな」


「ああ、すげえ音したな」


「花巻くん凄いねー」


「でしょ?で、ちょっとごめんね悠ちゃん」


「あ、はいどうぞ」


ちょっと近付いた花巻くんが、私の腰に手を回す。
仕上げとばかりに軽く引き寄せられて花巻君の肩に寄りかかる形になった時、があん!と屋上の扉が開いた。


「ちょっとマッキー!」


ばたばたとやってきたのは勿論及川サンで。
叫びながら此方までやってくると、私の腰に回っている花巻くんの腕をべしっと引っ叩いて私から引き剥がし、私の前に入る様に立ち塞がった。


「これちょっとどういう事か及川さんに説明してもらえる?なに人の許可も得ずに及川さんの悠チャンの腰に手なんか回しちゃってるわけ!?及川さんでさえそんな事したこと無いのに!」


「見ての通りっしょ?お前が居ない隙に悠ちゃん貰っちゃおう作戦」


いらいらしているのがびしびし伝わってくる及川サンに対し、笑顔でしらっと答える花巻くん。
度胸のある策士だ…


「悠チャンは!俺のなの!」


「いや及川サンに所有されてはいないけど」


ばーんと言い切った及川サンにぽつりと言う。
が、今日の及川サンはへこまなかった。


「これからするから良いの!」


及川サンはこれまたばーんと言い切ると、「マッキーになんか悠チャンあげないんだから!さっさと出てって!ほら岩ちゃんも!」と荷物をさっさと片付けさせて二人を屋上から追い出した。
最後に目が合った花巻くんは笑って軽く手を振りつつ出ていった。


「ああもう…ダメだよ悠チャン…!せっかく押してダメなら引いてみろ作戦してたのに…!まだ悠チャンが俺に振り向いてくれてないのに…!」


「元はと言えば、及川サンが変なことするからこうなるんでしょうよ」


及川サンは、二人が出て行くと同時にこちらに向き直ってそんな言葉を吐きながら足元に崩れ落ちた。
そんな及川サンを見つつ返せば、小さくなった及川サンから「それもそうだった…」と唸るような声が聞こえた。


「朝から凄い違和感だったんだけど」


「だって悠チャンが全然俺の事気にかけてくれないんだもん…」


「今日は、ずっと及川サンの事ばっかり考えてましたよ」


「っほんと!?」


私が零した言葉に反応した及川サンが目をきらきらさせて私を見上げた。


「本当ですよ。寂しかったなら、お詫びに何か一つ言う事聞きますよ。聞ける範囲ならですが」


「じゃ、じゃあ今日の帰り俺とデートしてくれる!?」


「今日は9時まで練習でしょう」


「Σそうだった!」


どうしよ、折角の機会なのに…!とぶつぶつ言ってる及川サンに心の中で軽く溜め息を吐いて、及川サンの目の前にしゃがみ込む。


「別に今日じゃなくても良いですし、月曜なら練習ないでしょ?月曜日にデートしましょうよ」


「…!うん!」


先程よりきらきらした光を宿した及川サンは、さっと立ち上がって大きく頷いた。


「月曜日、絶対ね!」


「はい、楽しみにしてます」


そう言って、及川サンがここ一番の笑顔を見せた時、昼休みの終了を告げる予鈴が学校に鳴り響いた。



押してダメなら引いてみる作戦!

大暴走の及川サン

(気合い入れてこー!)
((調子も戻ってなによりだわ))

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いつもと違う書き方したら疲れtげふんげふんなんでもないです
短い及川サンの話が書きたい…長くなるこの人…

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