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□屋上プチ監禁事件
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キーンコーン
 カーンコーン

お昼休みを告げるチャイムが鳴り、それと同時にざわつきだした教室からお弁当を持って走り出し、半ば飛ぶように階段を降りていく。

「階段よし、」

まあいきなりだけど断言するから聞いて欲しい、私はこの青葉城西でトップクラスの人気を誇る、同学年の及川徹が苦手だ。

「…、前おっけー」

顔は良いし、身長だって高いし、社交的。
私は見たこと無いけど、バレーやってる時に見せる真剣な表情がまた良いの、なんて友達のちなっちゃんが言ってた気がする。それはもう放っておいたら2時間位余裕で喋ってそうな感じで。

「後ろおっけー」

まあ、私も格好良いなーとは思った事もあったけど、まさかこんな事になるとは微塵にも思わなかった。

「悠ちゃん見っけー!」

「うわあ!」

後ろから突然掛けられた声に振り返れば、真後ろに爽やかな笑顔の及川さん。
振り返ると同時に左手を掴まれてしまった。
ああ、これじゃあ逃げられない。

「今日は見つけるのに4時間掛かっちゃったよー。でもお昼に見つけられて良かったあ」

にこにこと笑いながらそんな事を言う及川さんは、簡単に言うと私のストーカーだ。しかも重度の。

「今日は何処でご飯食べるー?」

「及川さんの居ない所で食べようかなー」

「そっか、じゃあ一緒に屋上で食べようか!さ、いこいこ!」

「あれおかしいな、その耳は飾りなのかな」

終始笑顔のまま私の左手を捕虜に、降りてきた階段をまた上り始める及川さん。
というか屋上って鍵閉まってるんじゃないの?

「悠ちゃんってば今日もすっごく可愛いネ!及川さん目が眩んじゃうよ!」

「ああはいそうですか」

クラスが違うし、接点も殆ど皆無だったはずなのに、ある日の休み時間に及川さんが私と同じクラスの岩ちゃんに教科書借りに来て、目の前を通った及川さんが教科書落としながら「一目惚れしちゃった…!」とか言って。
食べてたポッキー噴き出したよね。
そして周りの女子達は一気に阿鼻叫喚ですよはい。

「はあ…」

「あれ?元気ないね」

「まあそうですね、主な原因は及川さんですが」

その日から毎日毎日、休み時間になる度に出没し、部活の無い日は帰りだって付いて来るようになった。
あと朝練無い日は家の前で待ち伏せしてる。
隠れようと思うんだけど、今日もあと二時間…!って所で見つかってしまった。
いつになったら一日遭遇しないで過ごせるんだろう。
もっと酷い被害が無いのが救いだけど。

「悠チャンが俺の事を考えてくれてるなんて…!その溜め息の理由は!?及川サンが独り占め出来なくて辛いとか!?」

「違いますよ。こうも毎日私のところに来られると、他の女の子達から物凄く怨まれるし、私の精神がもたない、死ぬ」

それはもう、全ての女子が敵になった感じで。
今はまだ平気だけど、付き合ったら…わかってるよね?的なお手紙はよく貰っている。もう学校中の女子から来てるんじゃないかっていう位。
そのうち、それ専用のレターボックスが出来そうで心配。

「俺と付き合ってくれたら、手紙くらいどうとでもしてあげるのにサ」

「無理、女子怖い」

真顔で言っても、相変わらず笑顔な及川さん。
これだけ付き合えないって言ってるのになんてポジティブなんだ。
そして、半ば引きずられる様にして屋上に到着した。到着してしまった。

「ふんふーん」

がちゃり、と鍵が開く音がして思わず及川さんの手に持っている鍵に目が行く。

「あ」

普段は鍵が掛かっていて入れない屋上の鍵を何故持っているんだ。
そんな私の心を読んだかのように及川さんが誇らしげに言う。

「ああこれ?こっそり借りてきちゃった☆」

テヘ☆とウインクして(なんかそこらの女子がやるより可愛かった)呆然とする私を屋上へと引っ張って行く及川さん。
それはちょっとした犯罪ではないのでしょうか!なんて心はその辺に置いていかれてしまった。

「ささ、この辺りなんてどう?」

「いいですね、じゃあ及川さんはフェンスの外側なんてどうです?日当たり良いですよ」

「今日は俺の弁当にナポリタン入ってるんだー!わざわざ作ってもらっちゃった。美味しいんだよー?」

「ああ、貴方の耳は飾りでしたっけ」

日当たりの良いフェンスの所に私を引っ張っていき、ごとりと地面に自分のお弁当箱を置いた及川さん。
完全にこっちの話は聞いてない。

「あ、ちょっと待ってね」

「?」

コンクリに直座りか、足が痛いんだよな…と思っていると、バサリと何処からか取り出したらしいちょっと厚めのビニールシートを広げる及川さん。

「これの上なら足痛くならないでしょ?」

ちょうど二人座れそうな薄いピンクのレジャーシートに、この人、今日は屋上でご飯食べるの決めてたな。と胸中でそっと思いながらお礼を言う。

「、ありがとう」

「悠ちゃんの為なら!ホラ座って!」

「んー」

折角用意してくれたんだし、と割り切って靴を脱いでシートの上に座ると、及川さんも隣に座ってきた。と思ったら急に立ち上がって先程通ってきた扉の方へ走っていった。

「?」

なに?と思っていると、がちゃん、というあの独特の音がした。ああ、鍵を掛けたのね。
というか外にも閂用意してるとか、どんだけ用意周到なのよ。

「お待たせ!やっぱり邪魔が入らない方がいいよね」

戻ってきた及川さんがそう言ってシートに座る。
そう言えば、屋上の扉についている小さな窓から覗かれても見えない場所に座っている。

「へー」

「なーに?」

「いや、ちゃんと考えてるんだなあと」

「えー、それって俺が何も考えてないような言い方なんですけどー?」

むす、と頬を膨らませた及川さんが言ってくる。
なんだそれリスみたいで可愛い。180センチ越えのリス。
あ、ダメだあんまり可愛くない。リスは小さいのに限るね、うん。

「まあ、さっさと食べちゃいましょ」

「あ、うん!」

適当に及川さんをスルーして、持ってきたお弁当の包みを開いて蓋を開ける。
今日はどうやらお母様お手製のハンバーグがメインのようだ。

「わ…!」

ハンバーグを一口大に切り分けていると、横から及川さんのキラッキラした視線が来る。
及川さん、さっきナポリタン自慢してきたじゃないですか。くれって言ってもあげないんだから。
そう思っていると、及川さんは思ったとおりの言葉を言ってくる。

「ねえねえ悠ちゃん、一口くれない?」

「えー」

「ナポリタン一口あげるからさー、お願い!」

ダメ?と首を傾げて聞いてくる及川さん。
何で貴方はそういう仕草がそこらの女子よりはるかに可愛いんだ。

「えー」

「ああもう不満げな悠ちゃんも可愛いなあ!ネ、一つで良いからちょうだい!」

「仕方ない、一つだけですよ」

「やった!」

若干気持ち悪い事言ってくる及川さんをスルーして(慣れって怖い)仕方なくお弁当箱を差し出すと及川さんは笑顔のままふるふると首を横に振った。

「いらないんですか」

「いるよ!食べさせて?」

あーん、なんて口を開けて待機する及川さん。
今度は全力でドン引きした。

「…」

「あっゴメン今の無し!」

全力で引いた事を察した及川さんが、慌てて発言を取り消してくる。はあ、と溜め息を吐いてさっさと取れとお弁当箱を再び差し出そうとすると。

「ああ…わかったなら早く取ってくだ」

「悠ちゃん、一生のお願い!俺にあーんして食べさせて下さいお願いしますこの通りです!」

引いた。
なんかもう残り少ないHPがぐんぐん減らされていく。
残りの体力どれくらいだろ、今日の午後は生きていけるのか心配になってきた。

「…頼み方の問題じゃないよね」

「土下座してるのにダメなの!?」

「あーんする選択肢はありません、潔く諦めてください」

「えー及川さん残念…」

若干しんなりした及川さんに再度お弁当箱を差し出すと、意外にも素直にハンバーグを一切れ持っていった。
そんなにあーんしてもらえないのが効いてるのか。

「ん、うま」

「でしょうね」

ぱくりと口の中にハンバーグを放り込んだ及川さんが幸せそうに言う。
それを見て、私も自分のお弁当に手を伸ばす。

「悠ちゃん、はいあーん」

ハンバーグを噛締めていると、今度は及川さんがフォークにくるくると綺麗に巻きつけたナポリタンを差し出してくる。

「あ、頂きます」

「えっなんで!」

差し出してくるフォークとは逆、左手に抱えられたタッパーの中からナポリタンをくるりと頂戴すると及川さんが悲鳴に近い声をあげた。

「あ、美味しい」

「デショ、だけど折角差し出してるんだからあーんしてくれても良いじゃんかー!及川さんがあーんしてあげる事なんて滅多にないんだよ!?」

「ハンバーグも美味しいわー」

「無視しないで!」

嘆きながらナポリタンを食べていく及川さんを横目に、こちらも着々とお弁当箱を空にしていく。

「ご馳走様でした」

「あれ?それでご飯おしまい?お腹空かない?」

「文化系女子はあんまり動かないんですよ」

「へー、牛乳パン食べる?」

「聞いてました?」

ぱちり、と手を合わせてお弁当箱を包んでいくと、及川さんが珍しげな表情でこちらを見た後、楽しげに牛乳パンを取り出した。
それ何処に入れてたの、というかよく食べるなこの人は。

「いらないですー」

「美味しいのにー」

どうせ及川さんが食べ終わるまで屋上から出られないし、制服のポケットに入れていた文庫本を引っ張り出し、フェンスに寄りかかって読み始める。
良い天気で読書日和だわ、ブランケットとカフェオレあれば最高なんだけど。

「…ね、悠チャン」

「?」

もそもそと牛乳パンを食べていた及川さんに声を掛けられ、本に落としていた視線を上げる。

「このまま午後サボっちゃお?」

「えー」

不満一杯の顔で言う私とは反対に、及川さんは何か悪戯を思いついた子供のような笑顔でいう。
…ん?悪戯を思いついた?

「…何考えてるんです」

「あれっ、悠ちゃん良い勘してるネ!」

そう言いながら、ちゃらりと取り出したのは先程使ったこの屋上の閂の鍵。
ちょっと待って、滅茶苦茶悪い顔してるんだけどこの人!

「まさか、」

「そのまさかっ!」

青ざめる私を見た及川さんは、その鍵をなんの躊躇いも無く綺麗なフォームで鍵を中庭へ放り投げた。
きらり、と日の光を反射させた鍵は見事に中庭に植えられている桜の木に突っ込んだ。

「あーあ…私の午後ライフ…」

「これで午後も一緒だネ!悠ちゃんを独り占め出来るなんて今日は幸せだなあ!」

「厄日だ…」

今日最大にげんなりする私と、にっこにこ笑う及川さんは午後一杯屋上に閉じ込められる事になってしまった。
帰り、どうするとか考えたくない。
ああもう、今日も厄日だ。

屋上プチ監禁事件
スペアキー持ってるのは内緒!

(悠ちゃんさあ構って!)
(本の続き読むか…)
(無視しないでっ)

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