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□恋に飛び込む、
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秋葉原の、ちょっと高いビルの屋上。
現在地点、落下防止柵の外側。

「さっすがに、足が竦むなあ」

足元僅かに残るコンクリートの足場を踏み締めながら呟く。
その呟きも、このビルを襲う強風によって直ぐに消え去った。

「風強いよー髪がぐっちゃだよー人がゴミの様だよー」

別に自殺願望が有る訳でもなく、ちょっと乗り越えてみたかったという危ない好奇心でこの柵を乗り越えてきた。

「こっから飛び降りたら、地面まで何秒くらい掛かるんだろ」

何処の髪だかわからないくらい荒ぶる髪の毛をかき上げながらぽつりとまた呟き、遥か下方のコンクリート地獄を見遣る。

「えーと、ああダメだ私計算苦手だった」

このビルの高さがー、と考えた時点で計算が苦手な事に気付く。
後で暇なときにでも計算してみようと思い、そろそろ戻ろうとフェンスに手を掛けたとき、何か赤い物がフェンスの内側から私を見ていた。

「…あれ?」

フェンスの内側に居たのは、小さな赤いLBX、ビビンバード。

「ビビンバード?」

うん?さっきは居なかったよね?と首を傾げていると、微動だにしなかったビビンバードが突如ジャンプし、フェンスを乗り越えて私の目の前に綺麗に着地した。

「おお、なになに」

片手にフェンスを掴んだまま呟く私の前で、ビビンバードは勢いよくその鳥をモチーフにした頭部を左右に振り出した。

「え」

何、壊れたの!?って位勢い良く振られる頭部。
もげてしまわないか心配になる位だ。
そう思っていると、今度は腕を×にする動作も加えてきた。
なに、帰っちゃダメなのか?

「なにこれまさか飛び降りろって言われてんの?」

混乱する頭で呟くと、ビビンバードが一瞬硬直した後に、さっきの2倍位の速さで同じ動作が繰り返される。
もうそろそろ本当に頭取れちゃうよ?

そう思いつつ、全力で動くビビンバードを見ていると、突然屋上の扉が勢い良く開かれた。

「ん?」

ガターン!という音に引かれ、扉のほうを見ると、そこに居たのも赤い人物。あれは、

「…オタレッド?」

子供から大人まで割と幅広いファンを持つ、あの秋葉原戦隊。
どうやらこのビルを駆け上がってきた模様のオタレッドは、遠めに見ても解るほどの重度の息切れを起こしている。

「そんなに焦るほどの重大事件でも起きたんだろうか」

のんびりとそんな事を考えていると、隣に居たビビンバードがフェンスを乗り越えてオタレッドの方へ向かう。

「あれ、ビビンバードってオタレンジャーのだっけか」

その答えに辿り着いて、妙に納得していると息切れと言う敵から復活したオタレッドがダッシュで此方へやって来た。

「ちょっと待て!待つんだ!早まってはダメだ!」

「え?」

がしゃあん!と勢い良くフェンスに激突すると同時にフェンスを登りだすアクティブなオタレッド。

「なんなんだ」

呆然としていると、フェンスを乗り越えてきたオタレッドが私の空いている方の手をがっしと掴む。

「うわあ高いィ!じゃなくて、自殺なんてダメだ!親御さんが泣いてしまうぞ!飛び降りるなら私の胸に飛び込んで来い!」

ぎゅー、と手を握りながら半ば叫ぶように訳のわからない事を言うオタレッド。
ああ、これはもしや勘違いされているのではないでしょうか。

「えーと、オタレッドさん」

「なんだ!手は離さないぞ!」

絶対に離さん!とがっしりと掴まれたままの手は、既にちょっと血流が止まりかけている。今世紀最高に白い手をしている。
とりあえず、誤解を解いて、ついでに手の血流も開放してもらおう。

「そうじゃなくてですね、私別に飛び降りるつもりはございませんよ」

「は?」

ビビンバードとお揃いの鳥頭をかくん、と傾げるオタレッド。

「ちょっとどんな景色なのかなあ、という好奇心で乗り越えただけでして」

そう告げると、オタレッドは握っていた手を離してはあー!と溜め息を吐いた。

「なんだ…!良かった…!」

そのままぐっと拳を握るオタレッド。
私も血流が止まらなくて良かったと思うよ。と思いながら握られた手をぐーぱーしてみた。うん、正常正常。

「あ、心配して来てくれたんですか?」

そう問うと、オタレッドはバッとこちらを見て大仰に頷いた。

「そうだとも!先程、下を通りかかった時に見上げたビルの上に今にも飛び降りそうな可憐な乙女が!それからダッシュで此処まで来たのだ!」

「乙女と言うほどの歳じゃあないですけどね」

「とにかく、此処は危ないから早く向こう側へ戻ろうじゃないか!」

「了解です」

がしゃがしゃとオタレッドが先にフェンスを乗り越えていく。
その背中が、なんとなく格好良く見えた。
良いじゃない、正義のヒーロー。

「さあ!君も早くこっちへ来るんだ!」

手招きするオタレッドに頷き、私もがしゃんがしゃんとフェンスを登っていく。

「オタレッドさーん」

がしゃり、とフェンスの天辺でオタレッドに声を掛ける。

「なんだ?」

「貴方の胸に、飛び込んでもいいですか」

「勿論だ!さあ来い!」

そう答えて腕を左右に広げるオタレッドの胸の中に、私はフェンスを蹴って飛び込んだ。


恋に、飛び込む。
柵の外に立つ彼女に一目惚れしたなんて、

(どしゃん)
(う、痛い…)
(そんなに勢い良く来るとは聞いてないぞ!


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