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□特効薬は、
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『馬ッ鹿じゃないの』
電話越しの彼は、私の言葉を聞くなりそう言い放った。
「いやもう、返す言葉もございません…」
『なんで自分の体調管理も出来ないの』
熱い、寒い、頭痛い、気持ち悪い、トドメに体温40度。
完全に風邪を引いた私は、学校へ休みの連絡を入れた後に彼氏である月島君に電話を掛けていた。
「花粉症だと思ってたんだよー…」
なんとなく体がだるいかなと思っていたけど、この時期私が毎年毎年悩まされている花粉症だと思ってた。完全に油断してた。
『なになにツッキー、悠ちゃん風邪引いたの?』
『うるさい山口』
『ごめんツッキー』
熱でぼやっとした頭に、そんなやり取りが聞こえてくる。
「月島君ほんとゴメン…」
『はぁ、もう良いから今日はゆっくり寝てて』
「はい…」
搾り出すように言った謝罪に、溜め息と共に月島君が答える。
大変申し訳ございません…!と告げた後に電話を切って、布団の中に潜り込んだ。
「あたまいたい…、はなつまってねれない…」
もそもそと布団の中で体を丸め、イルカのぬいぐるみをぎゅーと抱きしめる。
風邪と花粉症のダブルパンチが痛すぎる。
「うー」
烏野高校に通うため、家を出て人生初一人暮らし真っ最中の今、当たり前だけど心配してくれたりする家族は誰も居ない。
「風邪引くと無性に寂しくなるのはなんでだ…」
寂しさを紛らわすようにイルカをきつく抱いて目を瞑ると、いつの間にか眠りに落ちていった。
ピンポーン。
突如部屋に響いた電子音に、意識が浮上する。
「…ん、?」
ゆっくりと目を開ければ、部屋は夕方の色に染まっていた。
ピンポーン。
「、あ」
もう一度、電子音が来客を告げる。
とりあえず行かなきゃ、と若干ふらつく足を叱咤してベッドを抜け出し玄関へ向かう。
「どちらさまですか、」
「僕だけど」
がちゃりと扉を開けると同時に目の前に見えたのは烏野の男子の制服とコンビニの袋。
顔を上げれば、いつもと同じクールフェイスな月島君が居た。
「あ、れ…月島君?」
「入れて」
「あ、うん」
チェーンを外すと同時にするりと玄関に入ってきた月島君が、扉が閉まると私の額にその大きな手を添える。
ひんやりとした感触に、思わず声が出た。
「ひ、」
「だいぶ熱いけど、平気?」
相変わらずの無表情に、ちょっとだけ不安の色を映した瞳でそう問われる。
「うん、下がったと思うから平気…。あれ、それより部活は?」
「悠が寝込んでるのに出られる訳ないだろ」
「わーやさしー」
「いいから部屋に戻って」
ぐい、と背中を押されて部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。
扉の鍵を掛けてから来た月島君は、ベッドのすぐ近くのラグに座った。
「何か飲む?」
「いいから寝てて」
「えー」
「悪化したらどうするの」
じろ、と睨みをきかせてくる月島君により、大人しくベッドに潜り込む。
こういう時は素直に従ったほうがいい、後で散々ひどい目に遭うし。
「それより悠、何か食べた?」
「ううん、なんにも。今起きたとこ」
「じゃあ、台所借りるよ」
「あ、うん…え?」
私の言葉を聞くと同時に立ち上がり、一直線にキッチンへ向かう月島君。
私の家には何回も来てるからか、迷い無く小さな鍋やらなにやら引っ張り出している模様。
「わーあ…明日、割と真面目に地球が滅ぶかもしれないな」
「馬鹿な事言ってないで寝てて」
「はーい」
なんだか新婚さんみたいだなあ、なんて口が自然と弧を描くのを隠すように口元まで布団に潜ってキッチンに立つ月島君を見ながら目を閉じた。
ふわり、と良い香りが鼻をくすぐった。それと同時に上から降って来る月島君の声。
「出来たけど、起きられる?」
「う、起きる…」
もそ、と半身を起こして隣を見ると、テーブルに土鍋を置く月島君が見えた。
「一応、食べられると思うけど」
「う、わ…美味しそう」
月島君がテーブルをベッドに寄せて、土鍋の蓋を開けた。
土鍋の中身はあったかそうに湯気を立てる、刻んだネギが乗った卵粥だった。
「月島君の料理スキル恐るべし…」
「悠には負けるけど、頑張ったから」
「ありがとう…!」
月島君やっさしい…!そして今日はデレが多い…!と感動しながらおかゆの傍に置いてあるスプーンに手を伸ばすと、月島君にその手をぺしりと叩き落とされた。
「おっと、地味に痛い。なんですか嫌がらせですか」
「折角だから、食べさせてあげる」
「、…は?」
なにこれ月島君今日デレすぎじゃない?と叩かれた手が宙ぶらりんのまま呆然とする私を他所に、月島君はスプーンを取って卵粥を少しだけ掬った。
「…はい、悠」
「え、ええ!?」
ふう、と卵粥を冷まして私の口元へスプーンを運んでくる月島君。
え、これはもしや幻のあーんという事では…!
月島君と付き合って、あーんなんて幻の彼方へ消えたと思ってたけど!今、目の前にあるのはまさしく幻の!
「…なんでもいいけど、早く食べてくれないかな」
「ああ!はい頂きます!」
あわあわとする私に痺れを切らした月島君が言い、引っ込めようとするスプーンを見て大きく口を開けた。
「どうぞ」
「ん、む」
ひょい、と再び口元に寄せられたスプーンを口に含む。
丁度良い暖かさの卵粥を私の口内に残し、出て行ったスプーンは次の一口の為に土鍋の中に入っていった。
「どう?熱くない?」
「うん、幸せすぎて死にそう」
「答えになってない。味は?平気?」
「ものっすごく美味しいです」
「そう」
朝から何も食べて無いとか大好きな月島君が作ってくれたとか差し引いても、この卵粥めちゃくちゃ美味しい。
そんな率直な感想を聞いた月島君がちょっと笑顔になる。
「ぜひもう一口ください」
「いくらでも」
もう一口、と強請るとすぐに卵粥を掬って口に運んでくれる月島君。
ああもう今死んでもいいや…!と思いながら卵粥を食べ進めた。
「ごちそうさまでした!」
「結局全部食べたね」
「物凄く美味しかった、幸せ」
「ん、片付けてくる」
「ありがとー」
空になった土鍋をキッチンへ運び、ちゃちゃっと洗ってくれた月島君。
今日の月島君は本当に主夫レベルが高いぞ。
そう思ってると、土鍋を片付けた月島君がこちらに寄ってきてコンビニ袋を漁る。
「あとは、これ」
「あっはははは、えー、何も見えないなー?」
がさがさとコンビ二の袋から出され、テーブルに置かれたのは風邪薬。
正直に言おう、私は薬と名の付く物全てが嫌いだ。苦いし飲めないし、なんなのあれ。
「やっぱり飲んでないの」
「飲む位なら魘される方が良い」
「馬鹿悠」
そう言って、キッチンへ向かっていった月島君。
安堵したのもつかの間、月島君が戻ってきたとき、片手に水の入ったコップを持っていた。完全に薬飲ませる気だ!ピンチ!
「断固飲まないっ!」
「ハイ没収」
「ああ!」
ばさっと布団に潜り込んだ瞬間、月島君の手によって布団が引き剥がされた。逃げ場が無くなったじゃないか!
「いやあああ」
「悠、諦めて大人しく薬飲んで」
「え、ちょ、やだやだ!」
そのままベッドに上がってきた月島君が、逃げようとする私の両手を引っ掴んでベッドに縫い付けた。なにこの状況、どの道死亡フラグしか立って無いんだけど!
「大人しく薬飲むのと無理やり飲まされるの、どっちがいい?」
私の身体に乗り上げてがっちりと動きを封じた月島君が器用に片手で、ぱきりと音を立ててケースから薬を押し出しながら聞いてくる。
「の、飲まないという選択肢は!」
「ある訳無いデショ」
「ですよねええ」
淡々と言われる言葉にひーん、と泣き声を上げる。
「ほら悠、さっさと口開けて」
「むり、ほんとにやだ…」
ぷい、と横を向いて拒絶を示すと、月島君が目を細めて小さく呟く。
「…それなら僕にも考えがあるけど」
「!」
その低い声にびくりと思わず月島君を見上げると、月島君は手に持っていた薬を自分の口の中に投げ入れ、コップの水を煽った。
「、ん」
「え、ちょ、まさんんっ!」
そのまま顔を近づけて来た月島君の唇が私の唇と重なる。
そして直ぐに捻じ込まれて来た月島君の熱い舌によって、閉じていた口が開かされ、生ぬるい水と薬らしき固形物が口の中に流れ込んできた。
「んんッ!?ん、−!」
「ん、…」
どうやら私が飲み込むまで、月島君は唇を離すつもりがさらっさら無いらしい。
ぐるぐる考えている間にどんどん苦しくなっていく息に、思わずごくりと喉を鳴らして薬を飲み込んだ。
飲んだ事を確認した月島君が、ゆっくりと唇を離す。
「っけほ、うえ…、なにすんのー…」
「悠に薬飲ませたけど?」
「窒息死するかと思ったんだからね!」
「じゃあ最初から大人しく飲めば良いデショ」
そう言った月島君が私の額をぺし、と叩いてベッドから降りて、先程剥ぎ取った布団を綺麗に直した。
「やだ…、あああ口のなか苦い死ぬ…」
「仕方ないでしょ薬なんだから。はい」
月島君がそう言い、コンビニの袋からごとりと何かを取り出してテーブルの上に乗せる。
「みかんゼリー?」
「薬飲んだからご褒美」
「やった!」
月島君は、ゼリーと付属のスプーンを渡されてご機嫌になった私を見て、自分の鞄を拾い上げて言った。
「じゃ、大丈夫そうだからそろそろ帰る」
「あ、わかった、今日はありがと」
「暖かくして寝て、明日は必ず学校に来る事」
「はい!」
じゃあね、と私の額にキスして部屋を出て行く月島君。
…やっぱり今日は普段よりデレが5割程多い気がする、と思いながら部屋の戸締りをし、電気を消した。
「風邪のせいだったら、たまには風邪引くのもいいかも…」
暗く静かになった部屋で呟き、布団の中に潜り込んだ。
明日は月島君に貰ったみかんゼリー食べて、元気に学校に行かなければ!
特効薬は
月島君の愛情です
(月島君と山口君おっはよー)
(おはよ、ちゃんと来たね)
(ツッキー昨日凄い心配してたんだよ)
(うるさい山口)
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atogaki
花粉症どうにかならんかな、と思ってたときに思いついたお話。
ヒロインちゃんが気になりすぎてバレーに集中出来ないくらい溺愛する月島君とか、良い←