見参!

□大人の事情。弐
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「…これのせいなの。ナイフでさっくり。」

傷痕の肉は盛り上がり、薄いピンク色をしている。

「前に強盗に入られて…幸村庇って応戦したらこの通り。」


気絶して傷口放置してたら、化膿しちゃってさ〜と佐助は笑った。
医者にも見せずに、自然治癒させたと笑った。

幸村は毎日泣きじゃくった。
痛い痛いと、自分のことのように泣いて痛がった。

それから、傷が治っても佐助は絆創膏を片時も外さなかった。


「だからね、幸村にはそーゆー傷がトラウマみたい。利家先生の時もこうなったしね。」


佐助は懐かしそうに微笑んだ。
その時は、利家のキャラクターで何とかなった。
児童心理学を学んできたというベテランのまつもいたし、トラウマは治ったかと思っていた。

佐助は絆創膏を弄びながら、小十郎の横顔を眺めた。



「…ねぇ、俺にも聞かせてよ…」
「これか?」
「そしたら、オアイコじゃん?」

佐助の指が頬の傷痕をなぞった。
苦笑した小十郎は、少しだけ恥ずかしそうに口を開く。



「…これは」




それを遮ったのは、佐助のケータイだった。
着信の機械音が、鞄の中でけたたましく鳴いている。

「早く出ろ、急ぎだったらどうする」

鞄を振り向いたまま凝視してた佐助を促して、小十郎はトマトを口に放り込んだ。
うんーと鞄を手繰り寄せてケータイを取り出した。

ディスプレイには“元親”とある。
切ってやろうかと思ったが、指が言うことをきかなかった。




その電話に、出ないといけない気がした。




「もしもーし、非常識極まりないチカちゃーん?」
『馬鹿野郎!んなふざけてる場合じゃねぇんだ!どこいるんだよっテメェ!!』
「どこって…」
『どこだって構いやしねぇよ!大変なんだっ!!』
「聞いたのチカじゃ…………







え…?」








元親の声が有り得ない程にテンパっていたのは分かった。

どれだけ非常事態なのか、その声だけで理解できたが、その内容は余りにも酷い事で。



あー

神様っていないのね





本気でそう思った。

「どうした?」

佐助の手からケイタイが滑り落ち、電池カバーがフローリングを跳びはねた。


「佐助っ…!」

みるみるうちに顔面蒼白になり、そのまま消えてしまいそうな気がして、小十郎は両肩を揺らした。

帰らなきゃ…と見開きった瞳はやっと小十郎を捉えた。


「ゆっくり言ってみろ、どうした?」

「…アパートが………」



















『アパート取り壊すからっ今月中に立ち退いてくれって!!』







そう電話越しに叫んだ元親の声が、今も自分を取り巻いて離れない




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