薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□弐拾
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―シュタッ、……ドガッッ!!
「ッ"…?!……お…さ?」

「……!?……悠、乍……!俺は何をして……
すみ、ません…痛かったでしょう…怪我はしてませんか…」


 忍ぶよう部屋に入ってきた者が珍しく誰か分からず
傍に寄って来た気配に気が触れたように掴み上げた

 だが、その正体は教え子の悠乍であって
自分は何をやってるんだとばかりにハッとして手を放した


「驚きはしましたが、特には…私の事はお気になさらず…」
「本当に…すみませんでした…まだ、この躯は…
久しく奪ってしまった左之さんの血に
興奮を抑えられずに覚えているのでしょうね…」


 虚無であった左之さんから付け入るように血を奪ってしまった
あれから数刻時は経っているが躯はまだ落ち着いてくれない


「…長……辛いのでは…?」
「――…大丈夫……それより…左之さんの容態はどうでした」


 一時思考が霞んだが、直ぐに冷静を取り直して
悠乍を真っ直ぐに見た…彼が来た理由は
俺が教え子にあれから自室で倒れてしまった左之さんの容態を
見て欲しいと頼んでいたからと…その事しかない


「…原田組長は四割ほど血を失っていましたが長の指示により行った、輸血のお陰で今は落ち着いております、明日の任務も問題ないかと」

「そうですか…安心しました…悠乍や尚光にも
急な事を言って申し訳なかったです…」


 付け加えに悠乍は、今、組長には
尚光が付き添っているから大丈夫だと言ってくれた


「――…組長達は勿論…我らは長の為に在る事をお忘れなく」

「…………」

―――本当に、俺には過ぎたる教え子達としか言いようがない

 人ならぬ行いを繰り返す俺を何故、教え子らは知りながら
人の医者として慕ってくれるか、時たまに…理解に苦しんだ。





*****

 そして数日後。


 王政復古の大号令が下された。
王政が復古する。それは朝廷が政治を行う
武士の時代が始まる前の姿に還ると言う事。


「長…これから、新選組とか…どうなっちゃうんですか?」

「弦之助…貴方に心配は似合いませよ?
……新選組は今まで通り、何も変わりません」

「救護隊も…?」

「ええ、勿論」


 幕府が、将軍職が廃止され、京都守護職
京都所司代までが無くなるということ。
会津副藩と言う名だけの籍もそろそろおさらばかな…。


「長、薩長からまた文が…」

「困りましたね…まぁ…断り文だけは出しておきましょうか」
「この様に名が上がって…お偉い様から
欲しがられるとは…これほど困る物はない…」

「琥朗の言う事は分かりますが…救護隊は救護隊…
別働隊としても、影から新選組を支え続けましょう」
「「「「委細承知」」」」


 救護隊の絆はこれからも違わず変わらないだろう…確信出来た


 だが新選組の信じてきたものは
大きく音を立てて崩れ始めようとしていた……。






*****

 慶応三年 十二月


 十二月を迎え――薩長連合軍は続々と
京に集結し、御所を中心に部隊を展開し始めた。

 そんな彼らに対抗すべく新選組は
伏見奉行所の守護を命じられる。

 新選組は池田屋事件などに関わる度
幕府に反した志士らを多く殺してきた。
……薩摩、長州の藩勢力から見れば
その新選組は不倶戴天の仇敵なのだろうが。

 だが、そんな板挟みの中に置かれ…緊迫した状態でありながら
救護隊兼別働隊には可笑しな事に
その薩長藩を含めた各藩から実はお呼びが掛かっている。

 この隊の名を更に上げてしまった要因は【禁門の変】
以降での事、各藩敵味方関係なく最後まで助け回った功績
それが一目置かれ、他に信頼を得るにも
好都合と見て欲しがる勢力者が増えてしまった

 唯でさえ、救護隊は新選組の隊、易々受けられる筈もなく難儀。
京の都も、一触即発の緊張状態に置かれていた。



 そんな正午になった時だった。


――ダッダッダッ!!
「長っ!!急患ですっ!近藤局長が
京市中の帰り道に狙撃を受けたらしく…っ!」

「!…局長が……今は誰が?」
「弦之助と悠乍が急ぎ止血を行っています
ですが銃弾の貫通が見受けられません…っ」

「!…分かりました、急ぎ緊急手術の用意を
お願いします、俺も直ぐ準備をして向かいます」
「承知!!」


 まるで悪夢を知らされたようだ、頭を抱えたくなる
近藤局長が…藩の恨みが何時か来ることは分かっていた

――俺はそれを分かっていた筈だ、その証拠が目の前にある書状。


「…滑稽な事を…人間風情が愚かな」


 それは脅しの書状、全て匿名で届いた紙切れだ


『我が藩に来なくば新選組を消す』
『断れば局長を消す』
『承諾せねば新選組隊士を撃つ』


 全ての共通点は新選組を消すなどの脅し文句だった。
勿論、危惧もしたが新選組の皆は
誰かに討たれる程、弱くはないと信じたから……。





********

 新選組の為に動く浪神鬼の為へせめてもの知らせだ

 各藩…特に薩長、御陵衛士残党が各に信頼を得るに名高い
救護隊を新選組から分離させようと
躍起になっている…ここまで言えば何が危ういか分かろう

 気をつける事だ。



 風間


********

 千景がわざわざ、注意を促す文を
俺宛てにくれた…性格は悪いが嘘は言わない男…


 だけど俺は…新選組を信じたかったから…
…そんな甘い考えが、この結果を齎した。



「…っ………クク…」

―シュッ…
「……洗うか?長…アンタの為なら、この手を幾らでも…」
「いいえ……琥朗、貴方を穢してなるものですか…」


 背後で影のように控えていたのは忍としての琥朗だった…
だけど今にも動き出しそうな彼には微笑みを向け頭を撫でた

 私情での憎しみ、その命で俺の教え子が手を穢させはしない。


「だが……新選組の皆々は…」

「理由は分かります…ですが、それで
琥朗の手を穢していい理由などにはなりません…
俺は望まない、だから、今はなんとしても近藤局長を助けるだけだ」

「!……御意。長の仰せの侭」


 今は、なんとしても助けるんだ新選組の柱
近藤局長を、死なせはしないさ…。



 薬だって使わせてなるものか。


 それはきっと…誰もが望まないのだから。
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