薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□弐拾
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「私、初めて縁さんと出会った時は、家族のような…兄のような温かい感情を抱きました…」

「俺…などに…?」

「はい…でも、日に日に縁さんを目で追う度に、助けられる度…それは違うって感じて…」


千鶴ちゃんが手繰り寄せる一つ一つの言葉を聞く度に、胸が
締め付けられるように苦しい

この先の言葉、俺が聞いていいのか?いけないのではないか


「この気持ちに…縁さんが好きなんだって気付いたのは……屯所に侵入した羅刹に殺されそうになった時、縁さんが身体を張って…助けてくれた時です…」


嗚呼、それは確か…迂闊にも
すれ違った隊士を羅刹と気付かずに部屋への侵入を許し、千鶴ちゃんの肩を傷付けられてしまった時

あの時は己が身を盾にしようとも彼女をこれ以上、傷付けさせまいと…酷い有様で庇ったものなのに


「…あの時は…恐い…思いを」
「!…縁さんが死んでしまうかも知れなかった事の方が…よっぽど恐かったです…っ!」

「!……」

「私よりも深い傷を負って、苦しいのに…私を庇って逃げず…あんなに、たくさん…血を流して…」

「…千鶴…………」


力無く垂れ下がる彼女の手は俺の袂を小さく握る、小刻みに震え揺れる肩…俺に抱く権利はあるのか

もしかしたら壊してしまうかも知れない、そんな恐れを抱いて触れるなどと…


「わた…し…っ…ずっと縁さんに…助けられるばかり…何も、縁さんの助けに…なれて…」
「?!……ッ…!!」


…きっと気が動転したんだ…彼女に好きだと告げられてから

千鶴ちゃんにずっと負い目を感じさせてしまった申し訳なさ
彼女の目を今日までに欺いた罪

愛しいと、欲しいと感じた愚考

そんな血みどろのような、這い上がるような応えが…千鶴ちゃんを強く抱き締めることだった

だけど直ぐ、渇望は這いずる


「縁…さ、ん……」
「千鶴…俺も……貴女の事…ずっと愛おしく思ってた…その身を喰らいたいくらい…醜くく……この感情は…貴女を見る度に…治まることを…知らない…」


「縁さん……私を…欲して下さい……求めて下さい…」
「?!……っ…は……ぐっ…」


軽々しく身を差し出さないで…
その身を喰らえば―――…俺は


「浪神鬼としてじゃなく……
『縁さん』…貴方自身が…」
「!!…千鶴…ちゃん……」


涙した痕を残して優しく微笑むと彼女は首に両手を回して
俺を引き寄せてくれる

導くように、そっと彼女の白い
首筋へと誘われるかのようにも


――俺が、望む?浪神鬼としてではなく…半端な人間の俺が?

そんな事、考えたことがない…苦しみに苛まれ、渇きに痛み
もどかしい程の時を
全て浪神鬼の所為だとした俺が
自分自身で望む?


「縁さんも望んでくれたら…想いは同じと言うことですから」

「…同じ…」

「はい、だから縁さん…躊躇わないで…私の血を飲んで下さい…」


「千鶴……俺は…」
「…大丈夫です」


俺自身が望んで、何かが変わるのだろうか…少なくとも
もう、人には戻れないのだろうと確信してしまう
完全な鬼となるんだと……。

だけど…縁として千鶴ちゃんを望めばどうだろうか…
彼女の身を、自我ある侭に慈しめるだろうか、最後まで
この手に抱けるだろうか


「――……俺は…俺自身が…千鶴、貴女を望みましょう……
…だけど、身の危険を感じたら…直ぐに突き放しなさい……
助けを呼んで下さい…」

「その必要はありません…私は縁さんを信じてますから…」


「ありがとう……
痛かったら言って下さい…」


千鶴ちゃんの言葉に安堵した自分が居た、落ち着いた気持ちで
彼女を欲しいと望む自分が居た

その行為は、何時もなら考えられないくらいに落ち着いて
鬼でもやはり女の子…傷を作るのは居たたまれず
肩の着物を少しずらし
見えないようメスを取り出した


「少し…痛いかも知れません」
―スッ…
「……っ…」
「!…すみません…やはり痛かったですか…?」

「ぁ…だ、大丈夫です」


咬み荒らすなど今の思考でするなど到底考えられず、メスで
なるべく神経を抑え切った
痛みはあっただろうが大丈夫と言う。それに少し恥じらいも
抱いたようだ…

肩をはだけさせて恥じらうか…
可愛いことだ


目の前で、ゆっくり溢れる血を見るだけでも眩暈がする…

―――っと…この時点で酔えば
俺は簡単に狂いそうだ…重症か


「沁みると思います……けして無理はしないで下さいね…」

「は、はい……」


そう言葉を残して、俺は等々
彼女の血に舌を這わせた、ゆっくり流れ落ちた血を丹念に舐め
切った個所からは、少しずつ
血を啜った

時折、痛むのか、肩を竦めて
身を固くする姿には愛おしさから申し訳なさが…なるべく
落ち着くよう頭をやんわり撫で
身体をもう少し強く抱き締めた


「…どうせなら……」

「?……」
「ちゃんと愛したかった……」


「っ…!!」


お互いに強く抱き締めあっただろう、この短くも長い時を

純血の鬼故に暫くすれば塞がってしまった千鶴ちゃんの傷
だけど一度切りでこれ以上は
望みはしなかった

ただ…俺が、縁として
最後に欲したのは…

彼女の温もりだけだった






* * * * *

「お千ちゃん、長く待たせちゃってごめんなさい」

「千鶴ちゃん!…決めたの?」

「うん…私、お千ちゃん達と一緒に行くよ」
「千鶴ちゃん!…ありがとう」

「……縁と…そう決めたのか?」


千鶴ちゃんの決断に先に驚いたのは歳さんだった、彼的には
残るのだと踏んでいたのだろう

だが違った、彼女は此処を出ることを決めた…これから先は戦

皆に迷惑は掛けられないと



「はい」

「――…ならば、俺からは何も言うことはねぇ…」

「…縁さんは、やっぱり此処に残るのかしら…?」

「浪神鬼である俺の居場所は此処です…それに、教え子らは鬼では無い…故に連れて行けないし、置いていけませんよ」


「う〜ん、そっか…本当なら縁さんにも来て欲しかったけど、そこまで決意が固いんじゃ無理は言えないね」


仕方ない、と言った様子で取り成す千姫は笑顔で頷く
最後まで気に掛けてくれて

思えば、彼女にも
色々世話になったものだ


「千姫には感謝しています……どうか、彼女をお願いします」

「うん、彼女の事は心配しないで…絶対に守ります。だけど忘れないで、私は貴方の味方でもあるのだから…浪神鬼、何時か会いに来て下さいね」

「感謝を……。約束は出来ませんが心には確と留めました」


浪神鬼とて絶対じゃない…
この先に起こる戦で生きているかどうか分からない…だから
俺は約束はしない

千姫とも千鶴ちゃんとも



だけど、何時かを願おう…。
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