薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□弐拾
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「――…っ!!」
「縁さんっ?!」
―ダッタタタタッ…


 俺は耐えられなく、千鶴ちゃんから逃げてしまった
苦しみ、恐怖、思い出してはならない
何かを拒みその場から走り去った

 今の俺は居てはならないんだ

 土方さんや千姫らの様子は伺う暇はなかったが…
こんな状態だ、もう何らかに悟られたりもしよう


 だけど、もう駄目なんだよ…苦しい


 計り知れない、何かが耐えきれなかった。



―カタンッッ!
「はっ…はっ……ぅ"く…っ!」
「?!、長!大丈夫すか!?」
「今すぐ横に…っ」

「!…俺に、触れるのは、止しなさいっ!……。
弦之助、尚光……間違いを犯す前に…今すぐ…離れて…っ」


 逃げ込んだのはあろう事か、奉行所内
一時的に新設した救護施設
其処に待機していたのは教え子らの弦之助、尚光

 転がり込むよう倒れ込んだ俺を支える二人に
危うい思いを抱いた…餓える気持ちが治まらない。

 向ける矛先が、気が危うい


「そんな事出来ますか!!今の縁さんから離れるなんて、俺には出来ません!」
「私とて出来ません!今の縁さんを見過ごせますか…っ!?…もう、隠さないで下さい!」

「!………っ……」


 俺の身を引いた二人の教え子ら大丈夫だと
自分達は大丈夫だと言うように手を握り締める
離れないでくれと、両の肩を抱いてくれる二人。

 弦之助と尚光の優しさを振り払うのが彼らの為なのか?
優しさに付け入り奪うのは正しいのか――…否、間違いだ


 大切な教え子を、傷付けるのも、間違い。


 己を鎮めろ…二人の肩に額を沈め、何とか落ち着くようにした


「長……貴方はそうやって自分自身を慈しまない…何事も無いように隠そうとする」

「…そう……しないとっ………駄目なんです…よ」
「……俺達、長のお役に立てないんですか…
側に居ても…長の為に成れないんですか……?」

「ちが…う……それは…違う……俺は…一度でも貴方達を望めば
…きっと…死ぬ、まで……依存してしまう、から…」


 そう、望めば…もう後戻り出来ない。
今、副長達から奪ってしまっているように。

 教え子らを…人を望めば、深く依存し顧みなくなる

 程悪く、喰い殺すだろう…。


「……ならば、いっそ依存して下さい…、無理やり奪っても構わないっ。俺や尚光…琥朗も悠乍も…縁さんに望まれるなら、本望なんです」

「!!………止め、なさい」

「弦之助の言う通りです……。生涯…もう…縁さんのような心から…慕える方には出逢えません、突き放されるくらいなら、貴方に喰らわれた方が良い…」
「?!」


―――…何がこの子達をそうさせた?
俺は何を間違えた?

 どうして、こうも躊躇なく俺に
身を捧げようとするんだ…俺はそんなこと…教えていない

 握り締める手が温かくて、何かを奪ってしまいそうで
怖くて離そうとしてもこの子達は離さない


 俺に慕えるもの無いよ…
空っぽなのに…何故分からないんだ。


 今も、こうして…俺はお前達が欲しくて堪らないのに

 傷付けたくないのに…っ。


…ドク……ドグンッ!
「ッあ"っ?!は……ァ"う"…っ」

「!?、縁さんっ」

「もう独りで苦しまないで下さい…っ!俺達、此処に…」
「い、や…だっ……大切な…お前たちを……傷付けて…得る…安楽など…っ…ァ"あ"…っ!」


 固めた覚悟が歪む

 意志が揺らぐ、欲せと…いっそ一つになればいいと

 全てを奪えば治まると、これは俺じゃない
浪神鬼がこの子達を血で染めたがってる、満たしたがってる

―――…女鬼を逃したから

 喰らえなかったから
ならば、この子達を奪えと。


 手が…次第に己の物で無くなる、二人の頸筋を辿ろうと。


―ダッタタ…!!
「雪村君っ、待て!」
「行ってはなりません!」

「お願いしますっ、今回ばかりは引き下がれません!
もう、会えないかも知れない…そうなる前に、ちゃんと!!」

「!…雪村君…まさか…」
「…………」



 この手が止まる、意志が、理性が止める
望む血族の気配、足音…直ぐ近くに在り、扉に向いた。


―カシャャッ!カタンッ!
「縁さんっ!!」

「千鶴…ちゃん、貴女と言う子は……どうして、そうも…っ」
「理由なんて入りません!…。縁さんをお慕いしてるから、ただそれだけなんですっ!」


 こんな様では俺の異変に嫌でも気付くだろう、教え子らに
支えられている俺を見た千鶴ちゃんは慌てて
駆け寄るものだから、この子達に向けようとしていた手を下ろした


「……間違ってる、そんな…感情…俺に向けるべきものではない……俺はそんな生き物じゃない…、人間じゃ……ない…」

「――…私だって、鬼です…」
「?!……」

「認めたくない…だけど、私が鬼だって事も紛れもない事実」

「…ッ…………」

「もう新選組の皆さんから……縁さんから目を背けちゃいけない時だと思いました…」


 向き合ったその目に、俺ももう彼女から
目を逸らせないのだと悟った
千鶴ちゃんは、覚悟を決めてそう言っている


「!?……貴女――。……皆……下がりなさい……人払いを
お願い…しますよ……」


「「「「委細、承知……」」」」


 生半可な思いじゃないと、この瞳は
そう訴えて、握り締めてきた手を離さない


 ならば俺は、それを甘んじて受け入れるのみ
だが、教え子を傷付けずに済んだ安堵。


 改めて純血の女鬼が望める高揚。これらには些か身を叱咤したくなる




ドクッ…ドクッ……
「ッ…グ…!……千鶴、ちゃん…どうして…此処まで……俺を」

「!……お慕いしてる…と言う理由では、駄目でしょうか…?」

「…は、はは…っ……それは…困った、な……それでは教え子らと、同じ感情と…捉えても?」
「!……少し…違い、ます…」

「…?……」


 こんな切羽詰まった状態の躯なのに
頭の片隅では、まだ彼女の言葉を聞きたいと望む

 分からないと訪ねるよう伺えば、ふっと
俯く小さな身体、だけと今の今までずっと離さないでくれる
この手だけが今の俺の意を繋ぎ留める頼り。
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