薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□弐拾
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「話っていうのは、他でもありません。羅刹の事なんです」

「…………」


【羅刹】という単語を耳にして副長の目の色がスッと変わる


「単刀直入に伺いますが、一体
何時まで羅刹をお使いになるつもりですか?」
「いつまで、とは?」

「……羅刹は失敗作です。幕府側もそう認めています
あれは、貴方方の手に余るもの、これ以上
羅刹にも鬼にも関わるべきじゃありません」


 千姫の単純明快な発言に副長は鼻白んだ表情になる
俺は口元を指で覆うよう俯き加減に視線は彼女から逸らさない

 まさか、とは言わない、彼女は以前から
そう言ってるようなものだ…一人の純血の鬼として


「……失敗かどうかは、使ってる俺達が決めることじゃねえのか?こっちでも、幕府とは別の方法で羅刹に改良を加えてるところだ。アンタらにごちゃごちゃ言われる筋合いはねえよ」


 副長は眼光鋭く言い放つが、千姫は
怯む様子すら見せず副長を強く見据える

 と、今まで沈黙していた君菊さんが口を挟み


「……では、貴方達新選組の羅刹の方が
見廻りと称して辻斬りをしているのはご存知ですか?」
「……何?」


 君菊さんの言葉に一瞬だけ狼狽した表情を見せた
副長、だがすぐにまた怜悧そのものの顔になり――


「そりゃ、何処で掴んだ情報だ?」

「お答えする必要はありませんわ。ただ、信頼できる筋から得たとだけ言っておきます……羅刹化して血に狂ってしまう症状は、全く改善されていません、都の治安を守るのが貴方方の役目ではなかったかしら。そんな方達が罪もない民を斬るなんて本末転倒もいい所ですわ。事が公になって民心が離れる前に、羅刹達を処分すべきです」

「…………」


 彼女の言葉は正論そのもの…羅刹が
辻斬りをしてる、それ即ち血を得るための愚行
副長は切り返す言葉が見付からない様子だった。


――当然だ、局長が討たれた事だけでも
新選組には衝撃もの、そこまでの情報は行き届かない

 否、煩わせない為に伝えなかった。
そんな事は当の前から…此方とて掴んださ
俺の優秀な教え子が、でも…こんな状態で…ましてや羅刹だ。


「――…俺が悪いんですよ」
「……縁」

「!?……縁さん…貴方は何も…」

「変わりありません…現に、俺とて羅刹の改良に手を下す者
彼らも生きるのに苦しい…だから見逃すなど
私情挟みの偽善にも見えましょう。…ですが、羅刹とて
精一杯生きようする者が居る方達を俺は診て来ました」

「………」

「羅刹とて命、それを処分するなど余りにも……」


 何処か感情的に言ってしまい君菊さんも
流石もこれには何も言い返せず
逆戻りにとうとうこの場は静まり返ってしまう

 何が悪いかなんて、この場に存在していないのだ
命と言う重いモノに関わること、その事の重大さだけ。


「彼らを診てきた縁さんの言う事も、最もだわ。……取り敢えず、この話は此処で保留ってことにして、もう一つの用件に移らせてください」


 千姫は俺の言う事も認めて頷き取り敢えずは
と、一旦話を切り千鶴ちゃんへと向き直る


「千鶴ちゃん、此処を出て、私達と一緒に来ない?」

「えっ……?」


 以前投げかけられたのと全く同じ問いに千鶴ちゃんは戸惑う


「前にも同じことを言ったけど……あの時と
今じゃ、状況が変わっちゃってるでしょ?」

「……近い内に、京は戦場になります。逃げ出すのなら今の内ですわ」


 ふと、視線だけを向けて千鶴ちゃんの様子を伺った。
彼女自身もう直ぐ戦争が始まるというのは
分かり切っていたことではあろうが……。

 だがやはり、こんな風にきっぱり言われてしまうのは
心の衝撃が大きいかも知れない、表情が苦くなっている。


「縁さんだって四六時中、貴女の側に居るのは難しいと思う。それに此処の人達じゃ戦になった時、貴女を守り切れるとは思えないの。」

「おい、そりゃどういう意味だ?俺達が非力だって言いてえのか」

「耳が痛いかも知れないけど、事実でしょう。
もし縁さんが居ない時などに風間が此処に来たら
貴方達、彼女を守れるんですか?もしかしたら
薩摩や長州の兵隊達と戦っている間に来てしまうかも知れないんですよ」


 再び千姫の言葉に副長はぐっと詰まる、風間の実力は
副長自身が知っているのだから、簡単には返せないのだろう

 俺も、まだ言葉は挟めない…。


「……それに、彼女は貴方達とは違う。鬼なんだから
浪神鬼である縁さんだって本来ならば私達と共に来るべきです。
私達なら、彼女を守ってあげられる…浪神鬼の苦しみだって…」

「?!……ッ……」
―ドクッ……ドク…


 視線を向けられ、覚えたのは何時かの飢え
――鈴鹿御前とやらの血を引く、純血の女鬼の血が興味を引いた

 でも嫌だ、それは完全に認める事だ、己は創られた鬼
そして創った人間が望んだ結果の本来の浪神鬼となる

 人間性の理性が強く引き止める
まだ、嫌だと、視線を土方さんへと逸らした。


「…ね、千鶴ちゃん一緒に行こう。貴女が
私達と来れば、新選組の人達も戦いに専念出来るわ」

「あ……」


 千鶴ちゃんの口から零れた言葉の様子からして 
どうやら気持ちが揺らいでいるようだ

 確かに、今思えば、戦が始まって新選組の誰かが
千鶴ちゃんに付き添いながら守り切るのは不可能だろう
我が身を守れずして、どうやって
誰かを守れるのか…千姫らと居ることが彼女の為…


(東の…純血…女鬼が…離れるのか、まだ…喰らって……ッ!)


 唐突に俺の頭も歪んだ考えになる、今、何を考えた?
駄目だ可笑しい、もう考えるな…決めるのは本人だ。


 そう思って何とかざわめく気を落ち着かせようと
額を抑えながら目の前の事を背けようとした。



「――……縁さん…」

「…千鶴…ちゃん……?」

「――…お千ちゃん…土方さん……少し時間をくれますか?
私、縁さんと…ちゃんと…話がしたいんです」
「?!…千鶴ちゃん…貴女…一体何を言って…」
―タタッ……スッ
「……縁さん」

「ッ?!………は…っ!!」


 近寄ってきた千鶴ちゃんは唐突に俺の手を
その柔く、小さな手でソッと握り締める


「大丈夫です、私…たくさん、縁さんに助けてもらった。
浪神鬼である縁さん…人である縁さんからも
返せないくらい…いっぱい助けてもらいました…」


 この忌まわしい赤い目を真っ直ぐに見据えてきた
…曇り無い瞳と力が籠もる、この手


 駄目だ、もどかしい…欲するな…望むな。


「…俺に……触っては…なり…ません、っ…。駄目、だ……」

「いいえっ…私、何もせず…何も知らない侭…縁さんから目を背けたくないんですっ!…そんな事、もう嫌なんです!」
「!?……ァァ……ッ…!!」



 手を伸ばしてはならない、望んではならない

 認めては成らない、欲してはならない
今、欲すれば…俺は彼女を…喰い殺すかも知れない…


…駄目だ…駄目だ…駄目だ



「縁さん…っ」
(縁……)

「!!……ァ"……あ"ァ"?!」


 重なる面影は何?頭が痛い、割れる…


 嫌だ…嫌だ…人の俺を、壊さないで…くれ。
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