薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□弐拾
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 摘出手術は成功し峠も越えただが…心残りな事は
絶対に輸血の必要性が出てしまい、自分の血を使ってしまったこと。


「縁君……世話を掛けたな。…ありがとう…」


 後に意識が戻った頃の、そんな粗方説明だった
けど、それでも近藤さんは小さく笑っていた大らかな面影を変わらず。


「いいえ、近藤さんの持つ強い体力、精神力……生きる意志
貴方に備わるそれの賜物、俺はそれを支えただけですよ」

「…そんなことはない…この肩に埋まっていた鉛玉を…
綺麗に取り除いてくれたのも縁君のお陰だからね
…松本先生も言っていただろう?
…君が居なければ、私の腕は無くなっていたかもしれない…」


 救護室にての奥部屋の天井を見据えながら言う近藤さん…。
布団で横になったまま、虚ろ気味の意識にも関わらず
ハッキリそう言葉に述べる近藤さんが不可思議でならない


 人は怪我をすれば弱くなる、精神的な不安が降りかかる。


「俺が貴方を助けるのは当然です……そして新選組の皆も…」
「……皆には心配を掛けた…」


 申し訳なさそうに視線を向けてから気力で
起き上がろうするから慌てて制止し、布団の上に寝かせる。


「…まだ動いてはいけません……様子は俺から言いますし
どうしても何か言いたいなら皆さんから来させます…」
「だ、だが…なぁ……」

「動けば見張りを付けるか動けなくしてあげますよ、局長?」
「はは…それは恐いなぁ……縁君には逆らえないよ…」


 少し困ったように笑んでそう告げてみれば
彼は少し弱々しく頭を掻きながら笑う

 だけど当然、まだ動くには早いし近藤さんには
また元気な姿で皆の前に現れてこそ意味がある

 新選組の局長として何もせず…静かに過ごすのは
存外、苦なのだという気持ちは分からないでもない


 こんな時だから、もどかしい間なのは…。


「治ったら…皆さんに何時もの変わらない近藤局長を皆望んでます…」

「嗚呼……ありがとう」


 怪我をした近藤局長だなんて
そんな姿を見たら皆が己を責めてしまうから…。






* * *

「雪浪隊長…局長の具合は…」

「大丈夫ですよ、肩の傷はこれから塞がります
だから今はゆっくり療養して頂きましょう」


 俺が副長らに呼ばれてから広間に入ってからは
張り詰めた空気と平隊士から局長の状態は
どうなのか、というダブルパンチを浴びていた

 だから不安を与えないよう、なるべく笑顔は取り繕ったが…。


「それを聞いて安心しました!…しかし
局長を襲った刺客の正体は、まだつかめないのか?」
「どうせ、薩長の連中に決まってるぜ。卑怯な真似を……!」

「…………」


 局長が襲撃を受けてからというもの
伏見奉行所内には緊張した空気が絶えず立ち込めている。
そんな様子を見ていた千鶴ちゃんは何とも言えないような
居心地の悪さを感じながらお茶を配っていてくれていた


「皆さん、お茶をどうぞ…」

「お、ありがとうな。そこに置いといてくれ」
「…!…、……」


 一瞬、左之さんの言葉には反応して
俺が彼を見据えてしまった、あれから…問題はなさそうか。

 だが俺の考えなぞいざ知らず、大切な話の真っ最中でもあり
皆、千鶴ちゃんのお茶に口を付けることなく
端から見れば怖いくらいな真剣な表情で意見をぶつけ合っていた。


「で、今後、どうするつもりなんだ?薩長の連中は
政権返上だけじゃ飽き足らず、幕府の持ってる領土も
何もかも返せって言ってやがるんだろ?
どう考えても、戦争をおっ始めるき満々だ。
今の内に、戦う準備を進めておくに越したことはねえ」

「……だろうな。奴ら、年若い天子様を担ぎ上げて
我が物顔で朝廷に出入りしてやがる。ついこの間まで
朝敵として京の出入りを禁じられていた連中のくせにな」


 ふと向けられた視線には返答と問いが含まれたような
複雑な目がそこにはあった…副長は
他にも色々、心配なことが有り過ぎてるようだ…

 特に――…近藤局長の事は特に。


「どちらもどちらですね。近藤局長でしたら
…お上の為に…とか言ってそうですが…。
――それ以上に…彼らとの戦争の準備をどうするかが問題ですかね…?」

「………」


 同意に頷く副長は鋭い目を流して同席している
幹部達を見据えて、まず島田さんが言葉を発した


「山南さんは、羅刹隊の増強を強く主張しているようですが……」

「俺は反対だ。これからの戦は不逞浪士を
取り締まってた頃とは違う、縁が居るなら話は別だろうが
…敵味方入り乱れて戦う中で、連中の手綱を
うまく取れるとは思えねえ。戦力にはなるが危険過ぎるぜ」

「……だな。何より、人道的に見て問題があるだろ」


 そんな新八の言葉にふと、一が息を付いて口を開き


「……では、他にどんな方法がある?異を唱えるなら、代案を出すべきだ」
「だから、俺らだって考えてんだろ。そんな直ぐ、良い案が出たら苦労しねえよ」

「二人とも、止しなさい…一は新八だけに答えを求めなさるな…。
新八は苛々しながら一を睨み付けてはなりません
どうにもならない気持ちを仲間同士でいがみ合って何とするんです」
「「!……すまん…」」


 こんな様子では千鶴ちゃんも身を小さくしてしまってる。
黙って見てやるのは頂けないので、どちらもどちらだから
二人を見据えて静かに叱咤すれば二人は顔を伏せる謝る始末

 そんな中、島田さんは少し困った様に
まるで助けを求めるかのように副長へと視線を向けた


「あ、あの…副長は、どう思われます?」


 俺達の様子を今まで遠目に見ていたらしい歳さん、やがて
それまで腕組みをして考え込んでもいた副長は真っ直ぐに見据えて


「……取り敢えず、もう少し考えさせてくれ。
薩長の出方を見なきゃ何とも言えねぇし、幕府側の移行もいるからな」


 近藤局長が負傷した事は何より大きいのだろうが。
それ以上、何より戦が始まる時が刻一刻と
近付いてることで尚更、皆はピリピリとしているか

 今、この場に大将が居ない不安は大きい事だろう
…これから起ころうとしてる戦には、もっと不安が募ろう。


 新選組に羅刹隊、どちらも
関わってる者としては本当に複雑な気分だ。






* * * * *

 その晩、俺は近藤さんの肩の傷を見て傷口回りを清潔に
ガーゼなどを取り替えたりして教え子に再び後の事を任せて
 暫くは松本先生に容態を看ていてもらっていた療養中の総司の元に行った


「…おや、平助」

「おっ?縁君じゃん、どうしたんだ
こんな夜遅くに…もしかして総司を夜這いに来た?」


 暇を持て余してたらしい平助は唐突にそんな事を言うものだから
変わらぬ平助の姿にも何処か
安堵し、小さく笑いながら二人の前で正座した


「そんな風に見えたのでしたら療養中の総司が嫌がってでも
今、平助の前で夜這いを始めても構いませんが?」

「へぇ…嬉しいな…。僕、縁君に襲われるんだ?最近、会える時間が限られてるから寂しかったんだよ?」
「そ、総司…冗談だって分かってながら悪乗りするかなー?」

「フフ…平助が俺や総司をからかうのはまだまだでしたね…」
「そうだね、まあ僕は本気でも良かったんだけど」

「うわ〜……」


 俺達の様子に平助は完全にやられた
と言わんばかりに深く呆れたような溜め息を零した。
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