薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□拾九
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山南さんをこんな風に狂気に
貶めてしまったのは俺の所為…

彼を羅刹に取り憑かせてしまったのも、きっと俺の所為だ。

だから彼はこんなにも求める
得体の知らない力に
この鋭い目付き、強い言葉
以前の優しい、人間であった
新選組の山南総長ならば
きっとそんな事は言わなかった


俺はなんと無力
紛い物の生しか救えないのか…
命の鼓動は生きとし生ける者
全てに変わりは無いのに


「……俺のは幾らでも奪って構わない、ですが千鶴ちゃんまでも傷付けることは…"山南総長"とて、許しません」


そう忠告を告げ、静寂に抜かれた山南さんの刀の刃を持ち
自ら首筋にあてがった

俺は幾らでも耐えよう
だが千鶴ちゃんを傷付けようならば、総長とて容赦しない


「!……大丈夫ですよ、元々は縁君を頼りに来たのですから……私を理解してくれる貴方さえいれば…」

「…………」


刀伝いに山南さんとの距離も
徐々に縮まってゆく…

――彼がそれで満足するならば
山南さんの力になれるならば
と、静かに目を伏せた



「…何やってんだ山南さん?」
「!……」

「…嗚呼、土方君、丁度良かった。君も手伝って下さい」


重く鋭い副長の声が
この部屋に響き渡った
顔が上げられない、今上げても
ちゃんと目をあわせられない
ただ、副長の足元と影が見えた


「邪魔をするんですか?これは
我々新選組にとって大きな一歩になるかもしれないんですよ?」
「……もう一度聞く。
何やってんだ、山南さん?」

「……隊の為に。羅刹の狂気を抑える方法を探っているんですよ」

「その為に、縁を斬るってのか?」

「縁君を殺したりはしません、血を分けていただくだけです」


俯いていても分かる重苦しい空気と一瞬の静寂が部屋に満ちた

顔をゆっくり上げても、二人は睨み合うのではなく真っ直ぐに目を逸らさずに居る、互いに殺意や憎悪と言った負の概念は見当たらない、何故か真っ直ぐだった


「……多くの羅刹を失いました
羅刹でない一般の隊士も同じく
今居る羅刹やこれから増やす羅刹をより有効に活用するには
狂気を抑える術を見出しておくことが必要不可欠です

そして、羅刹を活用しなければ
今後の戦いは新選組にとって
ますます厳しいものとなる

だからこそ、理解して下さる縁君は何も言わずに私を受け入れてくれている。

私のしていることは、全て新選組のため。聡明な土方君にもお分かりいただけるでしょう?」

「…俺は、そういうことを言ってるんじゃねえ」
「ほう?」

「山南さん。総長ともあろうものが、隊規を破るつもりかい?
私闘はご法度。
知らねえ筈ねえだろう?
しかも、こいつは会津副藩主
会津藩に知れたら
唯事じゃなくなるんだぞ」

「……嗚呼…なるほど。
……ならば仕方ありませんね」


山南さんは俺の首筋から静かに刃を離し、静かに鞘へ納めた

そんな様子を副長も刀の柄に手を添えたまま微動だにせず見守っていた。


「…今日の所は引き下がりましょう。ですが、私の言ったことも少しは考えておいて下さい」

「考えたって同じに決まってる
それ以前にも、縁は自らを構わず切り刻んでることが多いってのに…これ以上傷を増やさせてどうするってんだ…」


そう言う副長に山南さんは何処か…悲しみを含ませた笑みを浮かべて俺を一瞥してきた、これは山南総長らしくあり…らしくもない一面に俺は見えた


「それは……同意しましょう…ですが、縁君が身を削ったお陰で私は助けられた……平助も…。羅刹は私だけではない、彼にも降りかかる問題なのですからね…土方君も少しはかわいい仲間の為に考えてほしいものです」


しかし次第に山南さんの言葉はこれ以上になく苦々しくなった
それは自身の限界をも
知ってほしいのだろうか…
副長にはどう捉えたかは分からないが俺には、そう見て取れた


「……一ついいかい?」


魂の奥底から言葉を振り絞るよう、副長は山南総長に言った


「どうぞ」

「山南さんの理屈は正しい。
それは昔から、ずっと変わらないさ。でも……山南さん……
あんた、自分自身が血に飢えてるとか、そんなことじゃねえよな?……自分が血を口にする為に、その正しい小理屈を並べ立ててるって、そんなくだらねえ話じゃ……」

「……そんな訳はないでしょう
私は常に、新選組の事を考えています。それに縁君の躯のことも、誰よりも理解しております……では縁君…また……」


山南さんは一つ笑みを残して
何事も無かったかのように
部屋を出ていった

それを見送った
副長は何時もの歳さんに戻り
俺のすぐ傍で腰を下ろした


「……悪かった……大丈夫か?首が少し切れてんぞ……」

「…嗚呼……本当だ…」


指先で刃を当てられた首筋に
歳さんが触れたら、銀色に濡れていた…己の血なんだと


「!……お…おい…」


穢したと…彼の手を無言で捕まえ、無意識に舐めていて


「穢れますよ……」


そう告げれば、歳さんは何処か驚きと呆れを含ませた表情で居た、だけど彼はこの状況を振り払らわず


「……馬鹿、こんなもんで穢れてたまるかよ…オメェので穢されてもまだ綺麗ェな方だよ…」

「!?……ッ…」

―ドクンッ…



また胸を…心臓を締め上げられた感覚に陥った…喉が、渇く

俺としたことが、人の言葉に
飢えを覚えてしまった
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