薄桜鬼〜孤独な彼岸花〜

□拾九
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「縁…平助の容態は…」

「一命は取り留めました……が
何故…平助までが…アレを飲まなければならなかった…」

「縁の責任じゃない…俺達がアイツに生きて欲しいばっかりに、命を取り留めて尚…変わらない平助に戻って来て欲しいと望んだから…」
「アイツが死ぬなんて……考えたく…なかったからな…」

「…、……そう…ですか」

「!、長…躯が、冷たい…」
「今の躯が再生について行けなくなってます
……なんと言う有り様で…。すぐ此方で…」

「……止しなさい、俺は構わないから平助を…初期衝動は十分に抑えましたから、暫くは大人しいので…面倒を見てやって下さい……。貴方達に俺の醜い飢えは…見せたくない」

「?!、アンタ…何時までそうやっているつもりだ…俺は長を分かっている"つもり"じゃない…っ」

「…琥朗…俺は…」

「…分かっているから…!!もう縁さんの事を分かっているから!拾われた忍としてアンタの為なら!俺達は!この身を捧げる覚悟は…っ」

「言うな…ッ!!…これ以上…俺の穢れた欲をお前達に向けさせないでくれ…っ……」
「っ…」

「長…私とて貴方の為なら…」

「尚光も……。これ以上…俺を人間性から遠ざけないでくれ…お前達の大切な身に傷を付けさせないでくれ……」

「はい…」

「……承知」





「……、縁…あんまり突き放してやるな…気持ちは分かるが、アイツらだって」

「…分かってます……俺が……俺が悪い、でも…せめて…あの子達だけは…千鶴ちゃんからも奪いたくはない……。もう…失いたくはないのですよ…」

「っ……平助は死んでねぇよ…
アイツは寝過ごしてるだけだ」

「…………はい…」

これはもう、何日か前だった


 御陵衛士と言う存在は終わり、一と平助は
新選組に帰ってきたのに新選組は元には戻らない
暗く張り詰めた空気に包まれていた。


 屯所が襲われた時に死んだ隊士は多い
――…怪我を負った人間はそれ以上に多い。


 平助も、その一人。

 彼はあの時、誰の目にも助からないと見て取れる
大怪我を負っていた所は一般の隊士達も目にしていた。

 だから、平助は表向き死んだ事になり……
俺達救護隊の目を盗み羅刹となり【羅刹隊】の一員となってしまった
これ以上は……怪我人の侭では居られないと。



――――は問題なく無事だった
だが、一部一般隊士達からは陰口を叩かれている。
一度は新選組を離れて伊東一派につきながら、その伊東一派が不利と見るやそれを裏切って新選組に舞い戻ったと思われているのだと

―――それが当初からの任務だと言いたい所だが、真実を
公表しても批判が生まれ局長や副長に矛先が向きかねないと伏せるつもりらしい…。

そろそろ救護隊にも迷惑が掛かるからと、暫く此方で
過ごしていた一は、屯所を離れほとぼりが冷めるまで、今は紀州藩の公用人である三浦休太郎を警護するために天満屋に滞在している




 本当に、人間とは理不尽だ…
…屯所は今も慌ただしくある。











* * * * *


***


 後に言われた油小路の変
新選組にとっては大変な大事件だった。


「縁さん…お茶を…」
「…ありがとうございます」

「……お身体、大丈夫なんですか?…平助君も縁さんもあんなに大怪我をして…」

「平助はまだしも…俺はお気になさらず大丈夫ですよ…」
「…………」


 事情を知らない隊士達にとっては、かつての仲間だった
御陵衛士との戦いを多少事情を知る者達にとっては
その背後にある薩長の動きや、坂本竜馬暗殺、その他諸々の状況変化。


――シュッ…
「藤堂組長の容体は安定してます…多少
体に不安を覚えるようですが…―――大丈夫だと」

「!……ぁ…」

「…我慢強いのは変わらず…か…これを平助に渡しておいて下さい
…そろそろ来るであろう苦しみは以前よりも凌げる薬ですから…」
「委細承知」

「悠乍さん…琥朗さんも…もう…動いて大丈夫なんですか…?」

「…ご心配無く…」
「君が気にする程の事もない」


 全てを知る幹部の面々にとっては
鬼達の行動、そして羅刹となってしまった平助


「…総司は…」

「沖田組長も落ち着いている…
此奴と弦之助が動いたお陰で
過激な戦闘は避けれたそうだ」

「…そうか……良かった…」


 総司の病状悪化。屯所にも風間千景による
襲撃はあった、羅刹の乱闘も…

 また教え子らも無茶をさせた、だけど
彼らは生きる事を何よりその胸に戦い守り抜いた。
だから、ただ無事であることに俺は彼らを褒め称えた

 教え子らは叱られるのは覚悟していたと言っていたが…。
今は、また無茶していつも通り頑張ってくれている


―カシャャ…
「「…!……」」
「縁君、此処に居てくれましたか、救護室に居た二人に聞いたら調剤室とやらに居ると聞いたので、良かったです」

「山南さん……?……、二人共千鶴ちゃんを連れて
下がりなさい、後のことは頼みましたよ」
「承知した」

「では雪村君、戻りましょう」
「え……ぁ、はい…じゃあ縁さん、また後で……」

「ええ……また後で…」


 そう言って山南さんと入れ違いに部屋を
後にした教え子らと千鶴ちゃんを見送りつつ
此方に歩みよる山南さんの様子は変だった


「今はお邪魔でしたか…?」

「いえ、大丈夫ですよ…でも山南さんこそ
起きていて大丈夫なのですか」
「ええ、これはまさに天啓。これほどの妙案が
思い浮かんでは、ゆっくり寝ていることなどできませんよ」


 今までの穏やかさは一転して、彼の目は
鋭く光り、浮かべた笑みは喜びの感情を端に
隠しきれない獰猛さや不吉さもある
――…これは、言うなれば、飢えた獣ではないか…。


「どうでしょうか?私の考えを聞いていただけませんか?」
「……構いませんよ…」


 直ぐ近くまで近寄った彼に俺は不審を覚えつつ向き合い。


「縁君…貴方は鬼です…それも未来で
生まれた存在。そして今の時代に存在する彼女も…」


 予想だにしない言葉が紡がれた彼は
一度千鶴ちゃんが去った襖の向こうを
見据えてから此方に向き直る。


「……鬼達は戦闘力も生命力も人間より遥かに強い、それは
先日我々を襲撃した鬼達の力を思い起こすまでもないことです」

「ほう……俺のような出来損ないはともかく、千鶴ちゃんならば分かりますとも…」

「いえ…縁君とて異色の力を持つ鬼。
――その、強い力を持つ鬼……その鬼に流れる血は、やはり、人の血よりも強い力を持っているのではないでしょうか?あるいは、羅刹の狂気を完全に抑える力があるかもしれません」


 俺は山南さんの論を聞いて彼こそが
羅刹の狂気に取り憑かれ始めているのだと、確信した

 確かに彼の言う事は理にかなっているのだろうか、だが
事実、純血の鬼でない俺が結論めいて言えた事ではない
だけど鬼の血とて変わらないのではないだろうか
この身で、すでに純血の鬼二人は喰らっているのだから

 嗚呼、だから、間違っているんだ――それは分かる。


「……貴方がそうやって行き着いた結論は一体何ですか…」

「…自らが羅刹となる前から、そして、羅刹となってからも
……薬についてずっと研究をしてきたのは私です
縁君とて薬を詳しく研究出来る一人、そして
その私も辿り着いたこの考えが、間違っているはずないでしょう?
少なくとも……試してみる価値はある筈です」

「…、……」

「この仮説が正しい事が証明されれば……それは
とても素晴らしいことなのですから!貴方や雪村君の存在で、
我々全て……羅刹隊、いや、新選組の全てを救うことが出来るのですよ!」

「………そうですか…」






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